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夏希(3)

「失敗」


 ざまあみろ、ついさっきまでそう思っていたのに。

 相手の切られた部位は耳だった。ごわごわ、ぶにぶにした肉質とこりっとした骨が無駄に噛みごたえを生み、容易に飲み込む事を邪魔した。

 必死の思いで肉を嚙み切り、細かく裁断した肉をなんとか飲み込み続けた。しかし私の努力は報われなかった。


「ペナルティだね」


 無情に告げられたタイムアップ。

 ルール通り、私にはペナルティが課せられる。


「罰だからね。それなりの部位で償ってもらうよ」


 言いながら顔の上を這う指の感触。


「ここかな」


 ――嘘。やめてやめてやめて。


 尚樹の指は、私の左目の上で止まった。


「心配しないで。僕の腕はよく知ってるだろ? 綺麗にとってあげるから」


 あんたの腕なんか今どうでもいい。私が心配している事はそんな事ではない。

 私の眼が奪われようとしているのだ。


「ふーっ! ううぐっ! や、あああ! だ、だ、ああ、だああ!」


 ごっ。

 暴れようとする私を、尚樹はぐっと頭を掴み後頭部を台に打ち付けた。

 ごっ。ごっ。ごっ。何度も何度も。


「っう、あ、あ……」

「腕が良くても患者に暴れられちゃ僕もどうしようもない。大人しくしてくれるかな」


 頭を掴まれたまま、左目に何かが添えられる。そして何の躊躇もなくその何かの器具はぐにゅりと眼球の下部分に差し込まれた。


「ご、ぼえええ」


 経験したことのない苦痛と強烈な不快感に私は思わず口から吐瀉物をまき散らした。しかし構う事なく尚樹の手は私の眼球をぐにゅりぶにゅりと抉り、まるでプリンでも掬うかのようにぐろんとそのまま眼球の奥へと器具を差し込んだ。


「おがあああがあがあああ」


 助けて助けて助けて助けて。


「りょ、りょろろろろろりょおおこおおおりょりょりょろろおおおこおおお!!」


 分かっている。私には。

 涼子。あんたのせいだ。きっとそうだ。あんたが私の……。

 クソ女。お前が耳なんて食わせるからこうなったんだ!


「はい、とれたよ」


 落ち着き払った尚樹の声が終わりを告げた。空洞になった左目に微風が入り込み、顔の内側を撫でていった。とても不思議な感覚。鼻の穴がもう一つ増えたような、空気の穴のようなそんな何か、穴のような。


「はい、口を開けて」


 ころりと口の中に左の穴の左の穴の中にあった目の穴の眼がころりとごろごろとして、ふにゅるふにゅると口をつるつる。転がる転がり噛んで、んんんん、やわらかふわんふわ。


「飲み込んで」


 飲み込む、これ飲み込む。なんで?

 まだふわふわしてる噛んでる噛んでたら飲めないよ噛む噛ませて。


「ほら早く」


 ぐううんんぐうんぐうぐ、喉にごろり。ぐん。ごろごろ。


「はい、終わり」


 終わり。おわりりりり。


「ああそうか、次は向こうか」


 向こう。りょこ。りょおおこ。向こうにいるの。


「Eatだ。この際右目も取っちゃおうか」


 や、やあだ。


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