夏希(1)
「まあ、そう来るよな」
淡々とした尚樹の声が聞こえた。相手の選択結果が出たのだろう。
「さあ、どこにしようか」
本当に、本当に切られるのか。そんな事があっていいのか。こんなの、こんなの間違っている。
「最初だし、いきなり難易度高いのもあれだし、ここはまだ軽めにいくべきだよね」
独り言なのか私に言っているのか分からないが、いずれにしても声はうまく出ないので、やめてと言った所でどうにもならない。
つうっと私の左腕を冷たい何かが上腕から下へと伝っていく。ぞぞっと鳥肌が立った。温度のない無機質な冷たさはやがて私の指先へと辿り着いた。
感触は親指から小指へと順番に爪先までのぼり、また下りを繰り返した。やがて小指を折り返した所で、すうっと感触は人差し指の第一関節あたりで止まった。
「ここにしようか」
尚樹の声はやけに優しく暖かかった。
――いや、違う。
尚樹は笑っている。楽しくて笑っているんだ。
「声はいくら出してくれても大丈夫だからね。じゃあいくよ」
そう言い終わりしばらくすると、急に人差し指に当てられていた冷たい感触がずぶりとそのまま沈み肉を突き破っていった。
「ぎ、ぎいいいいいいいいいいああ!!」
凄まじい鋭い痛みが走った。一気に指先からどくどくと血が流れていくのが分かる。しかしそれで終わらなかった。指を突き破った刃物的なものは、そのままぎこぎこと鋸を引くように上下にピストンしながら指を切り離しにかかった。肉がぶちぶちと組織ごと刻まれていきながら、骨もごりごりと削られていく。刃物が引かれる度に激しい痛みが指先から脳に伝わり、身体がびくびくと震えた。
「あ、ごおごああごああ、あがいがああ」
口から洩れる音は悲鳴にもならず、口の端からだらりと唾液が零れ落ちていく。眼球は上下左右に激しく動き周り、裏側に回りそうになりながら押し出された涙が流れていく。
――早く、切って。
痛みで脳内をかき混ぜながら願う事は、彼の作業が早く終わってくれる事だけだった。
長い苦痛の時間。
「はい、切れたよ」
「っつはああ、ぐあ、ああ、ぐ、ぐあ、あ」
指先からはなおもどろりと血が溢れ続けている。
――こんな事を、後何度繰り返せばいいの?
頭によぎったその考えに、私はこの世の地獄を見てしまった気がした。
その後しばらく尚樹は何やら少し離れた所でがちゃがちゃと音を鳴らして作業をしているようだったが、終えるとまた私のもとに近づいて、
「じゃあ、持って行ってくるね」
と一言残して扉から出ていった。
「あ、あ……うあ……あ」
泣き叫びたかった。でもそれすら出来なかった。
どうしてこんなひどい目に。この地獄はいつまで続くのか。
私が死ぬか、相手が死ぬか。
相手は私の肉を食べる事を選択した。だから私はこんな目にあった。
――許さない。
憎悪に心が一気に浸食された。
どこの誰だか知らないが、次はお前の番だ。