涼子(4)
「すごいね。キャリーみたいに血みどろじゃないか。生きてますかー?」
「ん、ん、んん、ん、ん」
「カオナシかよ。でもなかなか頑張るねえ、少しだけ見直したよ」
何度肉を切り、何度肉を口にしただろう。
残虐なデスゲーム。身体はもはや痛みを抱えすぎて麻痺してしまい、絶叫をあげる事も出来ずただ肉を切られ続けた。口に入れられた肉を無感情で噛み潰し胃へと流し込んだ。
「あれ、遅いな」
“りょ、りょろろろろろりょおおこおおおりょりょりょろろおおおこおおお!!”
夏希の声がずっと頭の中で鳴り響いていた。
ここに今私と真樹人がいる時点でまさかという考えはあった。そして耳元でつんざくように叫んだ彼女の声を聴いて確信した。
お互い、火遊びが過ぎたのだと。
何度も男で遊んできた。遊び散らし、ゴミくずのように最後は捨ててきた。
だが今回は違う。今回は、私達がゴミ側だ。
がちゃっとドアの開く音と、足音。向こうにいる何者かがまたこの部屋にやってきた。
「死んだよ」
突如、よく知った静かでだが芯のある声が響いた。
――ああ、やっぱり。
全てが自分の中で繋がった。だからこそ私達はここで互いに互いを喰うはめになったのだ。
「マジ?」
「ああ。完全に脈が止まったよ」
「まあ、夏希もなかなかなもんだったしな」
「終わりにしよう」
「そうだな」
向こうにいたのは、尚樹と夏希。こちらにいるのは真樹人と私。
この配置は明らかに意図的だ。本来であれば、尚樹と私、真樹人と夏希のペアが正しい。
尚樹と真樹人が入れ替えられている事に、彼らの皮肉を感じ取った。
「涼子。君の勝ちだ」
尚樹が私に語り掛けた。
勝ち。すなわちそれは、夏希の死を意味していた。
私は夏希の肉を喰らい、生き延びたのだ。
「どう、見えてる? そろそろ薬の効果も切れて、視界が戻ってもいい頃合いのはずだけど」
真樹人の言う通り、視界はだいぶと回復していた。流れた血が目に入って少々見づらいが、漆黒だった頃の世界に比べると、世界はかなり色を取り戻していた。
「さ、それではご対面といきましょうか。尚樹、そっち外してくれ」
「ああ」
二人が私の拘束具を外していく。しかし全ての拘束が外れても当の筋力が奪われている事と、疲弊した肉体はまるでいう事を聞く様子もなく、逃げ出すことは不可能だった。
「よいしょ」
私はそのまま真樹人に抱えられ、車いすの上に乗せられた。
「出発」
部屋の様子が初めて見えた。しかしそこで私は不可解なものを見た。
――あれは……。
私が降ろされた台のもう少し奥に、同じような台座があった。
その上には、女性らしき人間が乗せられていた。
部屋を出ると狭い廊下があった。廃墟か何かなのか、廃れた建物のようだ。部屋を出て
右にしばらく進んでいくと扉が一枚あった。尚樹が先に扉を開き中に入ると、私と真樹人もその後に続いた。
部屋の中は私がいた部屋と似たような構造になっており、光に照らされた台座の上に女性が寝転がっていた。拘束された女性の周りには大量の血が流れ出て所々に沁み込んでいた。
「はい、これが夏希ちゃん。お久しぶり」
見た瞬間胃液がこみ上げた。
「っぶあ……」
「まだ吐けるもの残ってたんだ。どこかで胃を取ってあげたほうが良かったかな」
台座の上にいた女性は夏希のようなものだった。
両方の眼球は抉られ、鼻は削がれ、骨格の標本にあるような髑髏に近い状態だった。しかし着ている服や身に着けているもの。口元の特徴的な黒子などを見れば、やはり彼女は夏希だった。
そして改めて、今彼女にない部分は私の腹の中にあり、私にないものは彼女の中にあるのだという事実に絶望した。
「再会おめでとう。でも、君にはもう一人会ってもらわないといけない人がいるんだ」
そう言って真樹人は車椅子をぐいっと右へと向けた。目の前にはもう一つ台座があり、その上に誰かが寝そべっている。先程私の部屋で見たのと同じような光景だった。
――誰?
ここにいるのは四人だけだと思っていた。だが違った。
後二人いた。私達以外の誰か。私の部屋とこの部屋にそれぞれ一人ずつ。しかしその二人は同じく抵抗できない状況に置かれているようだった。
からからからと車椅子が女性の方に向かう。
徐々に女性へと近づく。
途轍もない悪寒が身体を襲った。
見てはいけない見てはいけない。その気持ちが強烈に私を内側から叩いた。だが車椅子は止まらない。
「もちろん、この人の事は知ってるよね?」
――なによ、これ。
何度絶望させれば気が済むんだ。
どれだけ私を壊せば気が済むんだ。
肉体や精神、彼らはどうして、こんなふうに無邪気に人を壊せるんだ。
台の上に乗った女性は、夏希と同じように両目と鼻がなかった。
夏希と同じ部分の肉を切られていた。
――もう、いいよ。これ以上、もう。
絶望に底はないのか。
まだ私は落とされ続けるのか。
絶望の穴の深淵の先の先へ。




