涼子(1)
ぼんやりした頭に鈍く意識が灯っていく。冷たい空気と無機質な鉄のような匂いが鼻腔を突いた。
――何、これ?
意識はあるのに、目の前は黒一色で何も見えない。まさか、失明してしまったのか。
――あ、れ……?
意識がはっきりする事で脳も徐々に機能を始める。すると今まで漠然としかなかった不安が何によるものなのか一気に明確になっていった。
私は何か手術台のような、台の上に仰向けで寝そべっているようだった。
しかし、身体を起こそうとしてもうまく力が入らない。しかしそれだけではない。首、そして両手首、両足首がそれぞれ何か固いものでがっちりと固定されている。感覚的には鉄製の半円の枷のようなものが、かぱっとそれぞれの部位を上から蓋をするようにはめ込まれている、そんな感じだった。
しかし目が見えない理由は判然としなかった。瞬きも出来るし、目元を覆う何かがあるわけでもない。となれば、本当に何らかの理由で視力は失われてしまっているという事だ。
――そんな、そんな。
「あ……あ、あ」
声は、出る。ただ何とか出るレベルでうまく喉に力が入らない。私は、一体どうなってしまったんだ。
こつ、こつ、こつ、こつ。
向こうの方から音がした。誰かが歩いてくる音。その音は徐々に大きくなる。こちらの方へと近づいているようだった。
身体が小刻みに震えた。
誰かいる。誰かが来る。そしてこの理不尽で絶望的な状況を考えれば、導かれる答えは容易く、そして何より恐ろしいものだった。
そいつはおそらく、私をこんなふうにした人間だ。
――やだ、やだ、やだ、来ないで来ないで!
「あ、うう、ああ、あうああ、あああ……!」
やはり身体がうまく動かない。声も出ない。
ガチャ。
扉の開く音がした。自分が今いる部屋の扉が開かれたようだった。
「あ、い、いい、あ」
すぅっと血の気が引いていく。
殺される。最悪のイメージが脳内を駆け巡った。無抵抗な私の身体を何者かが蹂躙する様で埋め尽くされる。
こつ、こつ、こつ。
足音が自分の寝ている真横で止まった。しかしその何者かはそのまま微動だにしない。身体にまとわりつくような粘っこい感覚が全身を撫でていく。そうして無抵抗で無様な私を弄ぶかのような静寂と視線がしばらく続いた。
「ビビってる? りょうちゃん」
馴れ馴れしく、しかし途轍もなくなじみのある声が耳に飛び込んできた。
――嘘、この声……。
「ま、き、と」
つたない声を発すると、ははっと乾いた笑いが返ってきた。
「さあ、りょうちゃん。ゲームを始めるよ」