008「瓦か炭酸か」
――そうだった。七尾さんの距離感に、どこか既視感があると思ったら、身近にも一人居るんだった。
「そうなの。昔っからマサルさんは、後先考えずに適当なことばっかりしてきたから、罰が当たったのね。まあ、怪我の一つでもすれば、しばらく大人しくしてるでしょう」
若白髪を明るいブラウンに染め、派手な花柄のブラウスを着た女がレイの隣に座り、時折、ちゃぶ台の上の湯呑みを手に取って中のほうじ茶を啜りつつ、マシンガントークを連射している。
――この人は、八幡フミさん。母方の叔母にあたる人物。おっとりとして物静かだったお母さんと違い、よく喋る。若葉筋商店街で、ブティックを経営している。
「それにしても、レイちゃんも大変ね。学生さんだってのに、アパートのことも任されるなんて。私も、お店のことがあるけど、自分の身だけを考えてればいい気楽な人間だから、何かあったら言いなさいよ」
そう言うと、女は心配そうな表情でレイの顔を見る。
――気楽な、というのも、叔母さんは独身生活を満喫しているからである。本人は、よく独りが一番だと強がるけど、お父さん曰く、結婚しようと思ったことはあるが、思いを伝える前に相手が別の人と結婚してしまった過去があるのだとか。
レイは、少し戸惑いながらも答える。
「そうですね。何かあったら、叔母さんに連絡します」
「是非、そうしてちょうだい。あっ、そうそう。それで、もう、住民の皆さんへの挨拶回りは済んだのかしら?」
天井の蛍光灯を見たあと、女が何かを思い出したような調子で言った。レイは、頭の中で個性的な六人の顔を思い浮かべつつ、言い辛そうに言う。
「ええ、まあ。とりあえず、どの部屋に、どんな人が住んでいるかは、把握しました」
「ああ、そう。偉いわね。変な人ばっかりで、結構、難儀したんじゃなくて?」
「まあ、ちょっと」
レイが愛想笑いを浮かべつつ答えると、女は大仰に頷いて同意する。
「そうでしょう、そうでしょう。マサルさんには、変人を引き寄せる力があるから。本当、傍迷惑な人よ。何で姉さんは、そんな人に惚れたのかしら。恋心って、わからないものねえ。あっ、別に、それが悪いことだって言ってるんじゃないわよ。誤解しないでね」
女は慌てて発言を訂正すると、そばに置いていたカバンから円筒形の菓子折りを出し、それをちゃぶ台の上に置いて紐解き始める。
「けやき台のほうまで行ってきたものだから、帰りに買ってきたのよ。あそこ、温泉の他にも、お煎餅で有名でしょう?」
「そういえば、何度かテレビで取材されてますね。美味しそうだなあと思っていたんです」
「大袈裟にレポートしすぎな嫌いがあるけどね。まあ、美人の湯だか何だか知らないけど、観光客が増えるのは良いことよ。マナーを守ってくれれば、もっと良いんだけど」
――このあと私は、大群でバスから湧いてきた外国人に辟易したとか何とかいう叔母さんの話を聞かされながら、明日の昼食は、キャンパス内にあるコンビニで済ませようかとか何とか、どうでもいいことを考えたのでした。