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070「あすなろハイム」※チエ視点

――あら。珍しく、私の写真が立てて置いてあるじゃない。いつもは伏せてあるのに、どうしたのかしら?

「長かったようでいて、過ぎてみれば、あっという間だったよ、この十年は」

 電話台の上、ファクシミリ機能付きの固定電話の横、メモ用紙やペン立てが置いてある場所にある写真立てに入れられた写真で、赤いランドセルを背負った少女と並んで写っている女性を見下ろしながら、マサルは寂しそうに独りごちる。

――そうね。もう、あれから十年になっちゃうのよね。早いものだわ。生きていれば、私も立派なオバサンになってたんでしょうね。 

「まだ、三時過ぎか。独りだと、一日が長く感じるものだな。ハハッ」

 写真立てから目を離し、壁に掛けてある時計を見ながら、マサルは、乾いた笑いを一つもらす。

――そうでなくても、夏の日は長いものよ。独りになったからだけじゃないわ。

「さて。今日からは、何でも独力でやらないとな」

 そう言いながら、マサルは、ちゃぶ台のほうへ移動し、菓子鉢の上に置いてある林檎を一つ手に取り、そのまま台所へ移動する。そしてシンクの上に林檎を置くと、引き出しを開けたり戸棚を開けたりしながら、首を傾げる。

――果物ナイフなら、退院後のどさくさに紛れて、まだ病院からの荷物の中で眠ってるわよ。あと、ナイフの定位置は、後ろの食器棚のほうよ。

「おかしいな。前に使ったとき、どこにしまったんだろう。……レイが居れば、呆れつつ、すぐに出してくれるんだろうな」

 マサルは、開けた扉や引き出しを戻して林檎を持つと、皮の上に大粒の涙の雫を落す。

――もう、しっかりしてよ、マサルさん。まだスタートを切ったばかりなのに、辛気臭いわ。いつもの明るいあなたは、どこへ行ったの?

「とりあえず、塩で洗うか。――誰だろう?」

 キンコーンと軽快な音色の玄関チャイムが鳴ったのを聞き取り、マサルは玄関に向かう。

――ホント。こんな中途半端な時間に、誰かしら? レイやフミなら、チャイムを鳴らさずに鍵を開けて入ってくるはずだから違うだろうけど、他に、誰か来る予定があったっけ?

「こんにちは。お久しぶりです、四宮さん」

「ああ、サエちゃんか。知ってると思うけど、レイなら、ここに居ないよ?」

 丁寧に挨拶するサエに対し、マサルが受け答えると、サエはフフッと小さく微笑みながら言う。

「違いますよ。おじさんが寂しがってるといけないと思って、彼と一緒に笑かしに来たんです。――良いわよ」

 サエが玄関脇の物陰に向かって呼びかけると、お道化た様子でタカシが姿を現し、戦隊ヒーローの登場シーンのようにポーズを取りながら言う。

「ジャーン。笑いの伝道師、弐村タカシ、ただいま見参!」

 マサルは、タカシの予期せぬ登場に驚くとともに、そのコミカルな動きに滑稽さを感じ、先程までの落ち込みも忘れて、大笑いする。

――見てる人は見てるわね。悲しがってる暇は無さそうよ、マサルさん。

  ※

――あすは、ヒノキになろう。そういう夢ある若者を応援するのも、大家としての務めよ。頑張ってね、マサルさん。

「さて。こんなもので良かろう」

 マサルは椅子から立ち上がると、印刷機から排出された数枚の紙を手に取り、それを近くの棚の上にあるバインダーのクリップに挟み、玄関へと向かう。その小脇に抱えられたエー四サイズのコピー用紙には、どれも明朝体の大きな活字で「入居者募集」の文字が書かれている。

――今度は、どんな人が入居するのかしらね。今から、楽しみだわ。

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