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006「関係性」

――初っ端から、フレンドリーすぎる挨拶だったわ。

 グー、パー、と拳を握ったり手を開いたりしつつ廊下を進み、木目調の合板の張られた金属製のドアの前で足を止めると、控え目にノックする。ドアには、突き出すようにした片手と駐車禁止の道路標識を組み合わせたピクトグラムに、セールス勧誘お断りという刺々しい活字が躍ったマグネットステッカーが貼られている。

「六号室は、六岡(むつおか)ヒビキ。二十代前半の男性。女たらしのミュージシャン。鷲の刺繍が入ったスカジャンがお気に入り、と。屑っぽいんだろうな」

 バインダーに目を落としてぶつぶつと小声で独り言を言いつつ、レイはドアの前で待つ。すると、ドアの向こうから、短髪で糊のきいたパリッとしたボタンシャツにベイカーパンツを穿いた、気の強そうな女が姿を現す。

――誰なんだろう、この人は。押しが強そうで、ちょっと苦手なタイプだな。

「あら、どちらさまかしら? ヒビキなら、まだ寝てますけど」

 キビキビと無駄のない調子で早口に言うと、女は品定めをするかのようにレイの全身に視線を走らせる。レイは、その威圧感に気圧されながらも、バインダーをチラチラ見ながら言う。

「えーっと。私は、入院中の父に代わって大家を任されている、四宮レイです。昨日から、一号室から順に挨拶回りをしていまして、六岡さんとも一度、お顔を拝見したいと思うのです。あっ、これが証明です」

 女の表情を伺いつつ、尻すぼみになりながらも何とか用件を切り出すと、レイは、片手でバインダーに挟んであった学生証を引き抜き、女に顔写真と名前がはっきり見えるように呈示する。女は、それをしげしげと眺めたあと、何かを確かめるような口調で問いかける。

「ひょっとして、お父さんの入院先は、ひのき総合医療センターじゃなくて?」

「はい、そうです。どうして、それを?」

 レイが疑問を投げかけると、女は、さも当然のごとくシレッと言ってのける。

「私は、そこで看護師をしてるの。たしか、ちょうどあなたのお父さんくらいの世代で、四宮という名字の患者様が入院したばかりだと思ってね」

――なるほど。そういう繋がりがあるなら、知っていて当たり前か。

 そこで一旦、言葉を区切り、女は部屋の奥へと振り返り、そこにいるであろう部屋の借り主に向かって大声で言う。

「ヒビキ、起きなさい。大家代行の可愛い女の子が待ってるわよ」

「ふえっ、ちょっ、急だな。……いま起きるから、引き留めといてよ、姉ちゃん」

 部屋の奥から、寝ぼけたような間延びした返事があり、次いでドサドサッという何か積み上げたものが崩れたような物音がする。

――あっ。この人は、ヒビキさんのお姉さんなんだ。 

「早く玄関に来ないと、帰っちゃうわよ。この子、忙しいんだから。まだ、あともう一部屋回らなきゃならないの」

「だから、待ってって。……お待たせ」

 根元が茶色い金髪をバレッタで留め、両耳にシンプルなデザインのシルバーのピアスを一つずつ付け、龍がプリントされたティーシャツにダメージジーンズを穿いた軽薄そうな男が、片目を指で擦りながら現れる。

――絵に描いたようなチャラい遊び人ね。こっちもこっちで、あまり関わり合いになりたくないタイプだわ。

 レイが心の中でドン引きしていると、男はその様子に気付かずに、馴れ馴れしく接する。

「俺のファンかな? 可愛い女の子なら、ウェルカムだよ。――イテテテテ。放せ、放せ。耳が片っぽだけエルフになる」

 男がレイと距離を詰め、気軽に手の一つでも握ろうとしたところで、女は男の耳の上半分を二本の指でつまみ上げ、自分のほうへ引き寄せながらきつく言う。

「はい、そこまで。この子は、ヒビキの顔と名前を一致させに来ただけよ。――それじゃあ、この辺で」

「あっ、はい。お邪魔しました」

 レイが会釈をすると、女は喚く男を部屋の奥へと引っ張り込みながら、後ろ手でドアを閉める。

――朝っぱらから、騒々しいこと。

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