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068「嗤う訪問販売員」※マコト視点

――要らないものを贈られないように、欲しい物や必要な物でない場合は、謹んで辞退するということも一つの手である。そして。

「そりゃあ、俺としては助かるけどさ。でも、七尾は、それで良いのか? ホントに二人分、俺が頼んじまうぞ?」

「ええ、結構ですよ。特に、これといって食指が動く品物がありませんでしたから」

――誰かに機会を譲るというのも、美徳の一つとして数え上げられてしかるべきものである。

 グラスに入った牛乳が二つ並んだテーブルの上で、付箋を片手にカタログを捲るサトルと、鮮やかな手つきでノートパソコンのキーを連打するマコトが、各々の作業に没頭しつつも、会話を交わしている。

「店で使ってるのは、さておき。家に置いてある奴は、刃こぼれが酷いからな。買い替えようかな。……とりあえず、ブックマークと」

 サトルは、小声でブツブツと呟きつつ、キッチンナイフ三点セットのページに付箋を貼り、そこに赤鉛筆で番号を書き込む。

「最近は、引き出物でも、縁起の悪さを気にしなくなりましたね」  

「え? 包丁って、縁起が悪いものなのか?」

 サトルが、牛乳を一口飲んでから疑問を投げかけると、マコトは、良い質問だとばかりに知識をひけらかす。

「陶器やガラス製品などの割れ物、ナイフやハサミなどの刃物、食料品や洗剤などの消え物は、それぞれ、夫婦の仲が壊れる、縁が切れる、幸せが消えるという意味を連想させるとして、敬遠されてきました。ただ、刃物に関しては、魔を切るという意味もあり、神前式では新婦が懐に短刀を忍ばせています」

「フ~ン。気に入らなかったら、新郎を斬るのか?」

 サトルが物騒な質問をすると、マコトは両手を忙しなく振って驚き慌てるポーズを取りつつ、解答を続ける。

「いえいえ、とんでもない。そんな物騒な真似はしません。あくまでも、形式的なものです。ただ最近は、カップとソーサーのセットや揃いの湯呑みと茶碗、お洒落な入浴剤の詰め合わせなんかを贈るカップルも増えているようで、年代が下るにしたがって、気にしなくなってきているようです。あと、縁起が悪いからではありませんが、重たい物や嵩高い物、それから新郎新婦の名前や写真が入っているものは、嫌われますね」

「えっ。自分たちの名前や写真が入ったものを渡す奴が居るのか?」

 気持ち悪いとばかりに嫌な顔をしてサトルが言うと、マコトは、愛想笑いしながら応える。

「恋は盲目ですから。結婚して三年くらい経つと、熱が冷めて視力が戻るそうですけど」

「そう。そんなものなのか。縁起、ねえ」

 しみじみと溜め息を吐きながらサトルが言うと、マコトは、疑問を返す。 

「受験生として、落ちる、滑ると言われると、気になりませんか?」

「そこまでナイーブな人間じゃない」

――僕にしてみれば、充分、ナイーブだと思いますけど。

「でも、四宮さんのこと、まだ心の中では、好きでいるのでしょう?」

 心裡を見透かすような口調でマコトがサトルのほうを見ながら言うと、サトルは、再び大きな溜め息を吐きながら言う。

「……諦められないものだよ。ハア。初恋は叶わないって、本当だな」

「未練が断ち切れないのですか? でしたら、ナイフにしては、いかがでしょう?」

 首を伸ばし、テーブルの上に身体を乗り出しつつ、先程サトルが付箋を貼ったページを指さしながら愉快げにマコトが勧めると、サトルは、即座に否定する。

「そういう問題じゃないだろう。人と人との関係性って言うのは、木綿糸や鉄の鎖みたいに、目に視えるもので繋がってるものじゃないんだからさ」

「これは、失礼しました。ウーン、そうですね。現実的な路線で考えるなら、三谷家の専属シェフを目指すというのは、いかがですか?」

 悪魔のように下卑た嗤いを忍びつつ、マコトが自席に着き、顎先に片手を当てて熟考するポーズをとりながら気軽に提案すると、すぐにサトルは却下しかけ、ハタと動きを止めて考える。

「なんで、俺が、そんな真似をしなきゃならない。……いや、待てよ。名案かもしれないぞ?」

――面白くなってきました。これで二葉くんの徒弟修業にも、より一層の熱がこもることでしょう。


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