066「披露宴(Ⅲ)」※カヨ視点
「サトルは、無事にケーキを届けるの、成功したですね。私、先にお店戻ります」
――誰かしら。カタコトの日本語を話してるみたいだけど、さっきの牧師さんとは、また違う感じがする。
カヨは、ビー四サイズでファスナー閉じのメッシュケースを手に持ちながら廊下を歩きつつ、近くから聞こえる声に耳を澄ませる。すると、その背後から一人の少女が駆けてきて、カヨが持ってるケースをパッと奪い取ると、そのままキャッキャと笑いながら走り去る。
「えっ、あ! 待ちなさい」
カヨは、手にしていたケースが無いことに気付くと、急いで少女を追いかける。少女は、追いかけてくるカヨをケラケラ笑って見ながら走ったが、丁字路で右から歩いてきたニコライとぶつかり、尻餅をつく。そして、落したケースを拾うことなく、そのまま左へと走り去る。
「すみません。それ、私のなんです」
ニコライが、不思議な顔をしてケースを拾っているところへ、カヨは駆け寄り、そのケースを指さしながら言った。ニコライは、納得した様子でケースをカヨに渡しながら言う。
「スリに遭うのときは、大きい声で叫ぶが良いですよ、美女。イタリアは『動くな!』や、『泥棒!』と言います」
「そうですね。今度から、そうします。ありがとうございました」
――この人、イタリア人なのか。色味の濃い金髪に、オリーブ色の瞳をしてる。
「ドーいたしまして。ところで、あなたは、名前は何ですか? 私は、ニコライ・ニエーヴォ、言います」
ニコライが、興味津々の様子でカヨに質問すると、カヨは、若干警戒しながら答える。
「カヨ。九条カヨです」
「カヨ。カヨ、ですか。素晴らし名前ですね。カヨは、ドルチェを好むますか?」
――あまり、大きな声で名前を連呼しないで欲しいわ。誰が聞いてるか、分かったものじゃないんだから。
「ドルチェ?」
首を傾げて言うカヨに対し、ニコライは嬉々として言う。
「はい(スィ)。とても美味しティラミスがあるです。ピッツァもあるです。私、ここのお店やってます。電話してください。ドゾよろしく」
ニコライは、戸惑うカヨの片手を取り、そこにワイシャツのポケットから出した名刺を乗せて握らせる。そして、そのまま笑顔でブンブンと大きく手を振り、ウインクと投げキスをしながら立ち去る。
――誰かと思ったら、パティシエさんだったのね。ツカサさんの結婚関係のアレコレが済んだら、ちょっと、お暇をいただいて行ってみようかしら。





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