063「七夕の花嫁(下)」※ツカサ視点
(前書き)
※本文の最後に、成宮りん様よりいただいた挿絵を掲載しています。
――煙草の匂いは、亡き祖父の匂いだった。
ツカサは、テーブルの上に置かれたガラス製の灰皿を見るともなしに見ながら、一人、物思いに耽っている。
――でも、もう祖父に頼らなくて良い。夢を追うのは諦めないけれども、宿命から逃げるのはやめたのだから。愛する人のために、背負うべき運命に正面から向き合う、その覚悟としての禁煙。
「あと、ヤニ臭い口づけはしたくないものね」
ツカサは、ボソッと誰も居ない中空に呟くと、そこへ呼びに来た係りの者について、挙式会場へ向かう。
*
――こうして結婚式に呼ばれる牧師の大半はプロテスタントで、ほとんどがアルバイトらしい。日本語が怪しいけど、仲立ちとして大丈夫だろうか?
「新郎、ツカサは、新婦、レイを、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、命ある限り、真心を尽くすことを、誓いますか?」
片言の日本語で、祭壇に立つローマンカラーのシャツを着た牧師がツカサに問いかけると、白の燕尾服を着たツカサは、強い意志を感じさせるハキハキとした声で答える。
「はい、誓います」
牧師は、ニッコリと慈愛心に満ちた笑顔で頷くと、レイのほうを向き、たどたどしく言う。
「新婦、レイは、新郎、ツカサを、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、命ある限り、真心を尽くすことを、誓いますか?」
「はい、誓います」
はにかみながら、ほのかに頬を赤く染めてレイが言うと、牧師は、再びニッコリと慈愛心に満ちた笑顔で頷く。
――表情が見えにくいけど、緊張してるんだ。声にビブラートがかかってる。
そして牧師は、両手で二人に向かい合うように指示すると、そこへ係りの者が運んできた黒盆を受け取り、フェルトを敷いた上に載せられた一組の指輪を見せながら言う。係りの者は、新郎と新婦が持っている手袋を預かって立ち去る。
「それでは、死がふたりを分かつまで、生涯、変わらず愛し続けることの証に、指輪を交換します。まずは、新郎から、新婦に」
そう言いながら、牧師は、二つの指輪が並ぶ黒盆をツカサに向ける。
――ここで間違えると、僕に指輪が入らなくなるんだよね。気を付けないと。
ツカサは、片手で指輪を取り上げると、一瞬、レイの顔を窺ってから、レイの左手を反対の手で持ち、その手で親指と人差し指を押さえつつ、薬指に白銀に輝く指輪を通す。
――良かった、ピッタリだ。
「続いて、新婦から、新郎に」
牧師は黒盆をレイに向ける。レイは、片手で指輪を取り上げ、ツカサの顔を窺う。ツカサは、左手をレイに差し出す。
――どっちが左か、分からなくなっちゃったのかな。もっとリラックスして良いのに。
レイは、指輪を持たないほうの手でツカサの左手を持ち、その手で親指と人差し指を押さえつつ、薬指に白銀に輝く指輪を通す。
――スムーズに通って、ひと安心だ。
ホッと胸を撫で下ろしつつ、見つめ合って小さく微笑む二人を見て、牧師は満足げに大きく一度頷くと、二人の顔を交互に見たあと、ツカサのほうを向きながら言う。
「さいごに、新郎から、新婦に、誓いの接吻を」
――わあ。ついに、このときが来たか。
ツカサは、両手でレイの顔の前にかけられたベールを上げると、しばし動揺を隠せない様子で見つめ合っていたが、チラッと参列者側に視線を走らせる。
――この角度だと、客席からは見えないかもしれないな。でも、かえって、そのほうが良いかもしれない。
視線をレイに戻すと、ツカサは、そっとレイの肩に手を添え、ゆっくりと顔を近付け、唇を合わせる。
*
「父と、子と、精霊の名において、二人は、新たに、夫妻となったことを認めます」
牧師が厳かに宣言すると、係りの者がマイクを持ち、会場にいる列席者に向かってアナウンスする。
「それでは、皆さん。二人の門出に、祝福をもって送り出してくださいませ」
その合図で、出入り口となっているドアはスッと開き、参列者は、中央の赤絨毯が敷かれた周りに集まる。何人かの係りの者が、その参列者に花びらを手渡して回る。
――あすなろハイムの人たちは、みんな来られたんだ。一橋さん、五木さん、六岡くんは嬉しそう。七尾さんも笑顔だけど、こっちは何か含みがありそうだ。二葉くんに関しては、くたばってしまえとでも思ってるのかな。花びら以外の物を投げられそうだ。
ざっと会場を見渡したあと、ツカサは片肘を曲げてレイに差し出す。そして二人は、花びらと拍手のシャワーを浴びながらを、ゆっくりと歩いていく。





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