062「七夕の花嫁(中)」
「ブティックの人間なのに、ドレスじゃないんだな」
黒のダブル二つ釦の礼服を着たマサルが、薄紫の絽の訪問着に、白基調の夏帯、それに金と銀の糸が組み込まれた帯紐と亀の帯留めを着けたフミの姿を、上から下に、下から上に、黒目を上下させながら言うと、フミは、帯のあいだに挟んである扇子の要を、片手で意味もなく触りつつ言う。
「紺屋の白袴だけど、売り物を着る訳にはいかないじゃない。――あっ、どうも」
パーティーションの向こうから三人の女性が出てきて、二人に一礼して横を通り過ぎて立ち去るのを、フミとマサルはお辞儀を返しつつすれ違い、パーティーションの向こうへ回る。
「お父さん、叔母さん」
髪の上に薄いレースのベールと銀製の小振りのティアラを付け、一点の曇りもないシルクを贅沢に使った純白のウェディングドレスを着たレイが、俯き加減で気恥ずかしさと緊張が綯い交ぜになった様子で言うと、感極まった調子でフミが目元に涙を浮かべながら言う。
「まあ、綺麗にしてもらって。まるで、どこぞのお姫さまみたいだこと。姉さんにも、見せたかったわ」
振りからハンカチを出して目頭を押さえるフミを、マサルは片手でトントンと軽く肩を叩いて同情しつつ、レイに言う。
「いやあ、見違えたよ。三谷くんも、驚くんじゃないかな。ハハッ」
陽気に笑うマサルに対し、レイは、細かい花模様が蔦葉の曲線上に優雅に鏤められた、肌が透けて見えるほど薄いレースの長手袋の指先を、わけなく弄りながら、震える声で言う。
「ちょっと、お父さんに聞いて欲しいことがあるの。だから、最後まで言わせてね。こんなときに話すことではないかもしれないけど、私、お父さんに謝っておきたいの。あのね。私、お父さんが再婚の話を持ち出したとき、不潔だ、汚らしいと思ったの。でも、冷静になって考えたら、お母さんが亡くなってから、もう十年でしょう? きっと、優しいお母さんのことなら、もう私のことは良いから、また別の人と幸せになってって言うと思うの。そういう気がするし、私も、こうしてお嫁に行くわけだから、もう、何にも気にしないで、お父さんは、お父さんが望むようにすれば良いと思うの。あのときは、感情的になって、ごめんなさい」
そう言って顔を上げ、機嫌を窺うように見つめるレイに対し、マサルは、どこか決まりの悪い顔をしつつ、片手で後頭部を掻きながら言う。
「良いんだよ、レイ。僕も、話の切り出しかたが悪かったと思ってる。もう、お互い、水に流そう」
「そうね。姉さんなら、レイちゃんやマサルさんが、いつまでも過去に囚われて前に進めずにいたら、心苦しく思うに決まってるわ。――さて。そうと決まれば、コートを用意してあげないといけないわね、マサルさん。レイちゃんには、ベージュのトレンチコートなんか似合うと思うんだけど、どうかしら?」
口元をハンカチで覆いつつマサルに同意したかと思えば、フミは、すぐにハンカチを袂にしまい、いけしゃあしゃあと商魂逞しくのたまう。それを、レイはフフッと口元を押さえて失笑し、マサルは、呆れた調子で言う。
――叔母さんは、いつでも通常運行ね。
「感動に水を差すようなことを言うんだな。どこでその約束を聞き出したか知らないが、こんなときくらい、商売のことを忘れたらどうなんだ?」
「あら、そうはいかないわよ。参藤さんと言ったかしら。あの人が持ってた傘と同じブランドのコートなら、だいたいアルバイト代の三ヶ月分に相当すると思うんだけど、どう? スーパーやファストファションの店頭に並んでるような安物で誤魔化そうとしたって、そうは問屋が卸さないわよ。この機会に、ちゃんとしたハイブランドの洋服を買い与えなさい。親子最後の約束なんだから」
「ジュエリーショップの宣伝文句みたいに言うな。レイの気持ちも汲まないといけないだろう?」
フミの怒涛のセールストークに辟易し、マサルがレイに視線を送って助け舟を求めると、レイはニッコリとしながら言う。
「私は、叔母さんに賛成よ。秋口まで、楽しみに待っておくわ」
「はい、商談成立ね」
一人合点するフミに、マサルは眉をハの字にし、やれやれとばかりに首を左右に振る。そして、改まった表情でレイを真っ直ぐ見据えて言う。
「お父さんがお父さんでいるのは、並んで歩く赤絨毯の先までだ。あとは、三谷くんと二人三脚で頑張るんだよ。いいね?」
「はい。今日まで、本当に、お世話になりました」
レイが、晴れやかな笑顔で言うと、マサルも、フミも、納得の笑みを返す。そこへ、先程とは違う女性が現れ、三人を挙式会場へと誘導する。
――不満点を上げたら、枚挙にいとまがないけど、総合的に見て、お父さんの娘で良かった、と思う。





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