061「七夕の花嫁(上)」※サトル視点
――任せておけ、なんて威勢の良いこと言ったけど、アイデアがまったく浮かばないものだから、仕方なく、ニコライさんを頼ることにした。話の途中でニコライさんは、俺が四宮とゴールインしたと勘違いして喜んでたけど、相手が別だと訂正すると、途端に慰めモードに入った。
「オー、それは残念ですね、サトル。辛いの心、私に痛み分けるのです。そして、次の恋を探すです」
ニコライがサトルの背中に腕を回し、両肩をがっしりと掴んで揺らすと、サトルは、頭や足をふらつかせながら言う。
「励ましてくれるのは嬉しいけど、俺のことは、ひとまず置いといて、ケーキのことを考えてください」
「そうですね。そうでした。ム~。小さいでも、華やかさある、ねえ」
サトルを掴んでいた手を放し、ニコライは、小麦色の柔毛が密に生えた腕を組み、首を傾げて考え始める。
――話が急だったか? それとも、もっとヒントになるようなことを言ったほうが良いのだろうか。
チラチラと横目で様子を窺いつつ、サトルが満を持して口を開こうとした直前、ニコライは、まるで古代ギリシャの数学者のように「エウレカ!」と叫び、厨房にその反響が残る中で、相好を崩して興奮気味に言う。
「ミモザのケーキが良いです! 品が上で、結婚式にフサワシです」
「トルタ、ミモーザ?」
ひとりで盛り上がってるニコライに対し、サトルが冷静に疑問を呈すると、ニコライが説明する。
「はい。ランノウの黄色がいっぱいのスポンジを、細く小さくする上で、クリームを塗るスポンジに振りかけするです。ミモザの花みたいに、綺麗で目立つです」
――ランオウのことかな。反応や親王と同じように、発音が引きずられてる。
「ええっと。卵黄をたくさん使って焼いたスポンジを用意しておいて、それを、表面にクリームを塗ったスポンジケーキの上にまぶすってことですか?」
両手で円を作ってスポンジを表したり、大根をおろし金ですりおろすような動きをしたりしながら、サトルが確認すると、ニコライは満面の笑みで肯定し、褒めそやす。
「完璧! サトルは、飲み込むのが早いのです。将来、立派なパティシエなれると、私、保証するです」
――強いて理解しようと努力せずとも、三年近く一緒にいれば、何となく言いたいことは伝わるようになるものだ。天狗になるから、褒めちぎらないでほしい。
「イタリアは『鉄は熱いうち打ちなさい』ということわざあります。砂糖も小麦もあるですから、今から、お試し焼きするのです」
そう言ってニコライは、中に大人が五人ほど入りそうな大きさの業務用冷蔵庫の扉を開き、卵やら生クリームやらを取り出す。サトルは、厨房の端から踏み台を持ってきてその上に登り、背の高いアルミ棚からステンレスのボウルや泡だて器を用意する。
――このケーキを受け渡すとき、俺は四宮に何と言ったらいいんだろうな……。「おめでとう、精々幸せになれよ」か? いや、違うな。「覚えておけ。将来、絶対一流のパティシエになって、俺を選ばなかったことを後悔させてやるからな」だな。負け惜しみが強いけど、これくらいは言わせてもらわないとな。





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