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060「梅雨明け」

――あれよあれよという間に縁談がまとまり、本当に七夕に結婚することになってしまった。いや、結婚できるようになったと喜ぶべきか。ともかく、これで良かったのだろうかというマリッジブルーを感じる暇もなく、指輪のサイズやデザインから、ドレスの採寸に、挙式当日の段取りに至るまで、決めなければいけないことが山積みで、毎日、てんやわんやしている。これだけ面倒なことが多いから、我が国は生涯未婚率が上昇し続けるのだろうと、柄にもなく政治的なコメントをしてみたくなるくらいに。

「私の口から、ひとこと言いたいんだけど、やっぱり無理かな」

 レイが弐と書かれたステッカーが貼られたドアの前に立ち、ノックしようと片手を木目調の化粧板に近づけると、ドアがひとりでに開き、その向こうから、日曜日にもかかわらず、開襟シャツにスラックスを着たサトルが、後ろ手に何かを持った様子で出てくる。

「うわっ。何で、俺の部屋の前に居るんだよ」

 開口一番、サトルがレイに文句をつけると、レイもサトルに疑問を返す。

「日曜日なのに、何で制服を着てるのよ?」

「誠意を示すためだよ!」

 乱暴に言うと、サトルは手に持っていた紫蘭のブーケを、グイッとレイの胸元に押し付けながら、ぎこちなく言う。

「この前は、すまなかった。自分のことで頭がいっぱいで、四宮の気持ちを考えられなかったんだ。三谷との話は、一橋さんや六岡から聞いた。悔しいけど、俺はあいつに敵いそうにないから、諦めて身を引く。でも、俺は、四宮のことを、この初恋のことを忘れないから。だから」

 考えがまとまらないまま、サトルが言葉を失うと、レイはブーケを受け取り、花のような笑顔で言う。

「ありがとう、二葉くん。そして、ごめんなさい。私は、三谷さんと結ばれたけど、二葉くんには、きっと私以上に素晴らしい女性が現れるわ。フフッ」

 口に片手を添えて失笑をもらすレイに対し、サトルはカッと顔を赤らめ、噛みつくように言って、ドアノブを掴む。

「あっ、お前、花を贈るなんて、俺に似合わないキザな仕草だと思ったんだろう。言っとくけど、この発案はニコライさんだからな。勘違いするんじゃないぞ」

 そのままドアを閉めようとするサトルに対し、レイはローファーの先をドアの隙間に挟み、ドアの端をブーケを持ってないほうの手で掴んで閉めさせまいとしながら言う。

「待って、二葉くん。一つ、お願いがあるの」

「何だよ。式に来るなって言われても、ひやかしがてら、絶対に参列してやる」

「そうじゃないの。式には来て構わないの」

「そうかい、そうかい。それじゃあ、今度は式場で会おう。首を洗って待っておけ」

「最後まで聞いて。それで、私のために、ホールケーキを焼いて欲しいんだけど、良いかな?」 

 その言葉を聞いた瞬間、サトルはパッとドアノブを離す。そして、ドアの向こうでたたらを踏んでいるレイに訊く。

「それは、ウエディングケーキ、だよな?」

「そうよ。でも、そこまで気負わなくていいの。電波塔みたいに何段にもなってる豪華なものじゃなくて、もっと素朴でシンプルなケーキが良いと思ってて。でも、そういうのを作ってくれる丁度いい人が居ないのよ。どうかな?」

「ホールケーキか。良いだろう。出不精の新郎が糖尿で寝込むくらい、甘いケーキを作ってやる」

 サトルが何かを企んでいそうな悪役じみた顔をしながら言うと、レイは、クスクスと笑いながら言う。

「それじゃあ、お願いしますね、パティシエさま」

「任せておけ」

 そう言うと、サトルは得意気な顔でドアを閉める。レイは、ホッと一息ついてから、廊下を奥へと進む。

――何から何までお任せしてばかりじゃなくて、一つぐらい、自分の意見も通してもらわなくっちゃね。


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