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059「父は辛いよ」

「あのね、お父さん」

「話は、三谷くんの口から聞いたよ。良かったじゃないか。彼なら、きっとレイを幸せにしてくれるよ」

 レイとマサルは、座布団に座ってちゃぶ台を囲み、ときおりグラスを持ち上げては、麦茶で喉を潤しつつ、毒にも薬にもならない夕方のバラエティー番組を見るともなしに見ながら、ポツリポツリと会話のラリーを続けている。

「お父さんは、辛くないの?」 

「そりゃあ、辛いよ。身を切るようだ。だけど、いずれはお嫁に行かせなきゃいけないんだ。いつまでも、僕の側に居させる訳には、いかないんだ。娘が年頃の男を結婚相手を選んだ以上は、それを喜ばしく思わねばならないんだ。それが、父親の務めなんだ。僕も、八幡家からチエを連れてきた訳だからね」 

「でも、私が居なくなったら、お父さんが困るんじゃないの?」 

「ああ、そのことなんだけどね。……父さん、再婚することにしたんだ」

「え!」

 レイが、液晶画面から目を離してマサルを見ると、マサルは、ゆっくりと頷いて言う。

「うん。驚くのも無理ないな。相手は、六岡アヤさんという。六岡くんの姉にあたる人物なんだが、レイも知ってるだろう?」

「ええ。でも、急な話ね」

「そうだな。くだんの猫の飼い主が彼女でなかったら、こうも一足飛びに進まなかっただろう。だけど、本人はもとより、叔母さんの勧めもあってのことなんだ。叔母さんだって、一橋くんと、いい仲らしいしね。まあ、そういう訳だから」

「分かった。もう、何も言わないわ」

 そう言うと、レイはちゃぶ台に手をついて立ち上がり、マサルに背を向けて廊下に向かう。マサルは、チャンネルを手に取って電源ボタンを押し、レイの背中に向かって安堵しながら言う。

「分かってくれたんだね。いやあ、良かった。あっ、そうそう。約束のコートのことだけどな」

 マサルが言いかけると、レイは立ち止まり、廊下に顔を向けたまま言う。 

「それは、もういい。いらないわ」

「いらないって、どうして?」

「わからない。でも、いまの話を聞いて、急に欲しくなくなったの」

「一時の感情で、そう易々と約束を断るものじゃないぞ、レイ」

「いいの。私がいいって言ってるのよ? もういいじゃない」

「いや、しかしだな」

「ミンクだろうがカシミアだろうが、欲しければ三谷さんにお願いするわ。だから、この話は、これでおしまい」

 そう言って、レイは廊下をパタパタと走り、階段を駆け上る。

「勝手に終わらせるな。おい、レイ! 待ちなさい」 

 大声で呼びとめながらマサルが立ち上がり、廊下から階段下の踊り場まで行くと、レイは階段の上からマサルに言い返す。

「来ないで! 一人になりたいの。私、自分でも、どうしたらいいか、わからなくなってしまったの。そっとしておいてちょうだい」

「レイ……。それじゃあ、七時には降りて来なさい。たとえ気持ちの整理がつかなくても、腹は減るんだから。いいね?」

 そう言い残し、マサルは寂し気にトボトボと居間へと戻る。レイは、しばらく、その肩を落として丸まった背中が小さくなっていくさまを見ていたが、やがて「れいのへや」という文字がフェルト布で刺繍されたプレートが下げられたドアをゆっくりと開け、どこか思いつめた様子で部屋の中へ入る。

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