005「朝一番から」
波型のトタン板が貼られた天井の下、赤い鉄骨が剥き出しの階段をカンカンと金属音をさせながら登りきり、フーっと一息ついて弾んだ息を整えてから、レイは、合板の一部が剥げたり凹んだりしているドアの前に立つ。
「五号室は、五木ユキ。三十代前半の女性。脳筋のトラック運転手。作業服姿が多い、と。乱暴な人でなかったら良いな」
バインダーに目を落としてぶつぶつと小声で独り言を言いつつ、レイは金属製のドアをノックする。
――お留守かしら? 部屋の中から、重機が地ならしをするときのような低音が聞こえるんだけど。
「すみませーん。大家の娘で、四宮レイという者ですけど。ここ、五木ユキさんのお部屋で、お間違いないでしょうか?」
レイが、ドアに向かってはきはきとしたよく通る声で言うと、地響きのような音が止み、しばらくバタバタガサガサという音がした後、ギイッとドアが開き、中からオレンジのラインの入ったモスグリーンのオールインワンを着た女が、片手で胸元を作業服の上からボリボリと掻きながら現れ、レイに向かって呂律の怪しい口調で言う。
「何の用か知らないけろ、あんまり、高い声を出さないれよ」
――うわっ、お酒臭い。深酒して、二日酔いになったみたいね。部屋は散らかり放題だし、あのくしゃくしゃの毛布と煎餅布団は、万年床に間違いなさそう。
レイは、心の内でやれやれと思いつつも、表面上は笑顔を取り繕い、少し声のトーンを下げて言う。
「お休み中に、申し訳ありませんでした。父が、しばらく怪我の療養で入院することになり、そのあいだ、私がその代わりを務めることになったので、ご挨拶に伺いました」
レイが言い終わると、女はパーッと表情を明るくし、嬉しそうに笑顔を浮かべ、バインダーを持っていないほうのレイの手をガッチリ握って上下に激しく振りながら言う。
「やったー! ここでは女が私一人だから、寂しかったんだ。よろしく!」
――おお、おお、おお。指が砕ける、手首が折れる、腕が千切れる!
「こ、こちらこそ、どうぞ、よろしくお願いします」
レイが、重心を失ってよろめきながら答えると、女はレイから手を放し、ふらつくレイの背中をバシッと叩きながら言う。
「ここの男どもは変わった奴ばっかだから、何か変なことをされそうになったり、困ったことになったりしたら、私に言いなさい。ズバンと解決してあげる!」
そう言うと、女は胸を張り、握り拳で胸元をドンと叩いた。
――感情表現はオーバーだし、力加減も強すぎるし、相手への配慮に欠けるところがあるけど、いざというときには頼りになりそうな気がする。トラブルがあったときの、安心材料にはなりそう。
「何かありましたら、相談しますね」
「おう。ガツンと言ってやるから、任せなさい!」
――どこの何をどうガツンとするのかは、聞かないでおこう。言われた相手が入院する羽目に陥らなければ良いけど。二次災害は、未然に防がないとね。