058「ひと休み」
――一度に色んなことが起こると、人間、混乱して慌ててしまうものである。そうであることを前提として認めつつ、パニックになる前に、ここまでの経緯を振り返っておきたい。
「ええ、頭の中を整理したいから、アパートに行ってから今に至るプロセスを確認したいんですけど、良いですか?」
本革のソファーの右側に座り、片手を額に当て、もう片方の手を挙げながら、眉間に皺を寄せてレイが言うと、反対側に座っているツカサは、アームに肘を載せ、その手の甲を顎の下に添えながら、思案顔で言う。
「どうぞ。僕も、どうにも話が急すぎて、ついていけなくなってたんだ。一緒に考えよう」
――三谷さんも話についていけてないってことは、こうなることを予想しての打算的行動ではなかった、ということか。でも、突発的な事態に冷静に対処できてるってことは、ある程度は覚悟してたってことよね。う~ん。
悩みながらも、レイは、思い付くままに言葉を発していき、それにツカサも合いの手を入れるように応えていく。
「ベターかどうか分からないけど、とりあえず、二葉くんとコンタクトが取れないという現状を伝えて返事を待ってもらおうと思って、私は、三谷さんの部屋を訪ねました」
「デートの件は保留にすると結論を出し、その話が終わってホッと安堵した頃に、九条さんが見合い写真の受け取りも兼ねてやってきた」
「私は、九条さんという、そのお手伝いさんのことを知らなかったけど、自己紹介すると、九条さんのほうは、なぜか私のことを知っている様子だった」
「お噂はかねがね、なんて言ってたけど、おそらく参藤が関係してるんだと思う。たまに、僕の母親に呼ばれては、夫婦でここへ来てお茶会をしてるらしいから。――この話は、ここまでとして、本題に戻って」
――嫌そうな顔だな。そういえば、貴族趣味に付き合うのが辛いから、この実家から逃げ出したって言ってたっけ。
「えーっと。それから、九条さんの車に乗せられて、ここへ連れてこられたのよね。ちょっと強引だったけど」
――それにしても、立派なお屋敷ですこと。テーマパーク級の大豪邸ね。迷子になりそう。
「そう。九条さんの口車に乗せられて、僕たちは否応なしに連行された訳だ。にこやかなのに、どこか有無を言わせない威圧感を放っていたのは、ゴリ押しすれば、僕が断れないのを知ってるからだ。僕だって白旗を上げたくないけど、有ること無いこと母親に告げ口されると、余計に厄介なことになるんだ。……巻き込みたくないから、実家とは距離を置いてたのに、結果的に道連れにしてしまって、申し訳ない」
アームから肘を離し、ツカサが居住まいを正して頭を下げると、レイも額に添えた手を下ろし、恐縮しながら言う。
「いえいえ。三谷さんが謝ることないですよ。――でも、そのあとのことは、困りましたね」
眉をハの字にしながらレイが言うと、ツカサも眉根を寄せて困った顔をしながら言う。
「そうだね。両親が揃ってると分かっていれば、本邸の案内なんかせず、裏に回って離れで大人しくしたのに」
「まあ、過ぎたことを後悔するのは、やめましょうよ。――それで、三谷さんのご両親と対面して、お母さんのほうから、結婚の話を持ち出されたのよね。その挙句、七夕に別荘で挙式するなんて言い出しちゃって。……ここで一つ聞きたいんですけど、お父さんが、お母さんの話の性急さに驚いて制止しようとしたとき、ずいぶん弱腰だったのは、どうして? 何か後ろめたいことでもあるの?」
「それは、その」
ツカサがレイの質問に答えようと口を開きかけたところで、二人の側へ、デザートグラスに入れられ、周りにミントやウエハースが添えられたバニラアイスと、オレンジジュースが注がれたグラスを、瀟洒な銀盆に載せて両手に持ったカヨが静々と現れ、天板が一枚板で出来たローテーブルにそっと置きつつ、レイに答える。
「奥さまに強く出られないのは、旦那さまは、婿養子だからですよ」
「聞いてたの、九条さん」
ツカサが、不快感を示しながらカヨに言うと、カヨは、それをどこ吹く風とばかりにシャアシャアと受け流しつつ、戸惑いを隠せないレイに向かって慰めるように言う。
「あいにく、地獄耳ですから。――奥さまは、一度言い出したら発言を撤回しないかたですから、よほどのことが無い限り、今回の決定は覆らないでしょう。でも、安心してくださいまし。私は、レイさんの味方ですから」
「あっ。ありがとうございます、九条さん」
「仮に、このまま本当に結婚したとして、次にこの家の当主になるのは、僕なんだけどなあ」
いじけた様子で頬を膨らませつつ、ツカサがカヨの姿勢に不満をいだいて言うと、カヨは、年甲斐もなくワガママを言うツカサの様子に失笑しながら言う。
「あらあら、拗ねちゃいましたか。もちろん、ツカサさんの味方もしますよ」
「本当かな?」
「本当に、本当です。それより、アイスが融けないうちに、お召し上がりくださいな」
銀盆の端を片手でトントンと叩きながらカヨが言うと、二人は、一瞬、顔を見合わせたあと、揃ってデザートスプーンに手を伸ばす。
――まあ、あとのことは食べてから考えよう。慌てない、慌てない。





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