057「退院」
「経過観察で、何度か通院していただくことになると思いますけど、ひとまず、快復、おめでとうございます。……と、私が言って良いんでしょうか?」
淡々と事務的に述べてから、アヤが申し訳なさそうに疑問を呈すると、マサルは、戸棚やベッドの上に忘れ物が無いか目で確かめつつ、安心させるように朗らかに言う。
「別に、問題なかろう。たしかに僕は、君が飼ってた猫が原因で骨折した訳だけど、なにも君は、僕に怪我させようと思って猫を放った訳じゃない。それに、独り身の寂しさを紛らわせたいという気持ちは、痛いほど理解できるし、こうして無事に退院できるようになったわけだから、気にすることない」
「そう言っていただけると、助かります。でも、まさか私の飼ってる猫だったなんて」
「僕も、写真を見せてもらったときは、我が目を疑ったよ。――レイは、どうした?」
いくつかの紙袋を持ったマサルが、キョロキョロと周囲を見渡しながら言うと、アヤは、廊下に通じる半開きの引き戸を指さして言う。
「八幡さんに呼ばれて、そこを出てナースステーションのほうへ行きましたよ。――それより、八幡さんは、ああ言ってましたけど、本当にレイさんに言うつもりですか?」
アヤが怪訝な顔をして不安そうに言うと、マサルは、乾いた笑いを漏らしながら言う。
「ああ。そろそろ僕も、子離れしないといけないからね。レイにも、ひと芝居打ってでも、親離れさせないと。ハハッ」
「でも、レイさんは、まだ二十歳でしょう?」
眉根を寄せながら気づかわしげにアヤが言うと、マサルは、荷物を一旦、可動式のベッドサイドテーブルの上に置いてベッドの端に座り、斜に構えて口の端にニイッと不敵な笑みを浮かべながら言う。
「高校を出てすぐに結婚した人間に言われても、なあ」
「もう。そのことなら、もう言わないでと言ったじゃありませんか」
アヤが口を尖らせながら文句を言っていると、そこへレイとフミが姿を現して二人に近づき、フミとレイがアヤに頭を下げながら言う。
「長々と、お世話になりました」
「お世話になりました。――さっ、帰ろう、お父さん」
――何を話してたのか気になるけど、長居してる暇はないから、さっさと退室しなきゃ。
レイが片手に紙袋を持ち、もう片方の手をマサルに差し出しながら言うと、マサルは、その手を握って立ち上がり、反対の手で紙袋を持ちながら、先程までとは違い、どこか他人行儀な態度でアヤに言う。
「それでは、これで失礼します。この次は、また、経過観察の際に」
「はい。お大事に」
アヤも、先刻までのフレンドリーさを捨てて形式的に挨拶をする。そしてマサルは、レイとフミとともに廊下に向かい、一度、無言でアヤのほうを振り返り、アヤがベッドの点検をし始めたのを認め、再び前を向いて病室をあとにした。





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