056「梅雨最中」※サトル視点
「顔が浮いてないですね。どうしましたか、サトル?」
ペダルの無い一輪車のような形のカッターで、バジルの緑、モッツァレラチーズの白、トマトソースの赤が鮮やかなマルゲリータピザを八等分にカットしながら、陽気にニコライが言うと、食べる前から胃もたれしていそうな沈痛な面持ちのサトルが言う。
「それを言うなら、浮かない顔です、ニコライさん」
「そうでした。間違えるのこと、よくあるから気にするをないことです。考えて頭を使うのため、エネルジーアがいるでしょう。だから、食べるを優先するのです。お召し上がるです」
そう言ってニコライは、中心から四十五度に分離した八分の一のピザを持ち上げ、サトルの口元に持って行く。
――とてもピザなんか食べる気分じゃないんだけどな。ていうか、自分で食べられるから、やめてほしい。
「いただきます。あぐっ」
サトルはピザの端に噛り付くと、そのまま両手でピザの耳を持つ。ニコライは、その様子を見て満足げに微笑み、手を離す。そして、今サトルに食べさせたことで空いた部分から対頂角に当たる部分のピザを分離しつつ、口の中がイタリア国旗の三色でいっぱいのサトルに話しかける。
「私はサトルのこと、とっても大事にしたい思うです。だから、病気なったときは、隠すは駄目です。悩むことあるときも、私に言うです。良いですか?」
首を縦に振ってサトルが肯定すると、ニコライは大口を開けてピザを半分ほど口に入れ、それをモゴモゴと咀嚼して飲み込み、すぐに話を続ける。
「私が何も知らない思うなら、間違いが大きいです。レイさんから、聞いた話があるです。彼女は、すごいすごい謝ってますのです。サトルに話したいことあるが、サトルは話聞かないこというのでした。美女に謝るさせること、サトルはするの何ですか?」
――チッ。四宮め。余計なことを言いやがって。
サトルは、口の中のピザを食べきり、そばのグラスに半分ほどピッチャーから水を注ぐと、グラスを持ってゴクゴクと飲み干し、手の甲で唇を拭ってから、きまり悪そうに言う。
「少し前の話になるけど、一度、四宮とデートして、それで、最後に立ち寄った焼肉屋で口喧嘩になって、いざこざをそのままにして気まずくわかれたまま、ズルズルと放置してると、まあ、そんなところ」
話を聞いたニコライは、手に残っていた半分のピザを平らげ、別のグラスにピッチャーの水を注ぎ、それを一口飲んで喉を潤すと、額に手を当て、天を仰ぎながら大きな声で言う。
「なんてことだ! それは、サトルが悪いです。すぐ、ブーケを持って謝る行くです」
そう言うとニコライは席を立ち、サトルの腕を引いて立たせようとする。無理に引っ張り上げられたサトルは、よろよろと立ち上がりながらニコライに言う。
「待って、ニコライさん。謝るのは良いんだけど、なんでブーケが必要なんですか?」
「ブーケを持ってごめんなさいと謝ると、美女は許してくれるです。イタリアは『言葉で言えないこと、花で言う』ことわざあります。急ぐです。走ることないと、花屋は閉まるです!」
――焦りすぎだろう。気持ちの整理をさせてくれ。
二人は、そのままコックコート姿で小雨の降りしきる街へ飛び出し、若葉筋商店街へと向かった。





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