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049「マイナスの二乗」

※本文の最後に、成宮りん様よりいただいた挿絵を掲載しています。

――サエの彼氏が、まさか二葉くんの同級生だったとはねえ。世間は狭い。

「合鍵を使うのは、反則だ」

「だって、そっちから開けてくれないんだもの。実力行使よ」

 布団から上体を起こした状態で風邪薬を飲んでいるサトルと、台所で雪平鍋を火にかけてお粥を作っているレイが、三メートルほど距離を置いて話している。

――季節の変わり目だし、昨夜は遅くまで起きてたみたいだし。お勉強を頑張るのは結構だけど、受験生なんだから、体調管理に気を付けなさいよ。

「施錠されてて呼んでも返事が無かったら、普通は入ってくるなという意思表示だと思って諦めるところだ。非常識な大家だな」

「鍵を開けられず声も出せないくらい衰弱してると心配するのが、大家の常識よ。いいから、寝てなさい」

――身体を休ませなきゃ、治るものも治らないんだからね。  

「自分以外の人間が自分のテリトリー内に居て、安心して眠れるか。何もしなくていいから、部屋から出て行ってくれ。うつすぞ」

「そこまで毛嫌いされると、かえって看病に熱が入るわ。ほら、お布団に包まって、横になる」

――わざわざ午後の演習を休んで来たんだもの。少しは看病らしいことをしなくちゃ、そうした甲斐が無いわ。

「寄るな、触るな、鍋を置いて帰れ」

 コンロの火を消し、鍋を持って近付くレイに対し、サトルは、タオルケットに包まりつつ、レイに背を向けて横になる。

「今日は、バイトが休みだったのね。さっきニコライさんに電話したら、心配してたわよ」

 ローテーブルの上に布巾と鍋を置き、レイが正座をしながらサトルの背中に向かって話しかけると、サトルはタオルケットを腕ではね除け、上体を起こしながら言う。

「余計なことを言うなよ。明日、バイトに行くのが憂鬱になってくるだろうが」

「あんたね。友達が電話してこなかったら、風邪ひいてるって分からなかったし、バイト先に連絡しなかったら、もし明日までに治らなかったときに、お店が困るじゃない。二葉くんの周囲には、あんたのことを気に掛けてる人間が居るってことを、もっと考えなさい。一人で生きてるんじゃないんだからね」

 レイが、今にも泣き出さんばかりの表情で心配して言うと、サトルは、バツの悪い顔をしながら、ポツポツと言う。

「誰かにエスオーエスを発するのは、迷惑だと思ってたんだ。怪我をしたり、熱を出したりすると、いつも嫌な顔をされてたから。だから、今回も自力で治そうとしたんだ。まさか、俺なんかを本気で心配する奴がいるとは思ってなかったんだ」

――そうか。二葉くんは、これまで誰にも頼れなかったから、ずっと独りで戦ってきたのね。 

「困ったときは、誰かに頼らなきゃ駄目よ。それで、困ってる誰かも助けなきゃ駄目よ。でも、何よりも自分の考えてることを、言葉で伝えなきゃいけないわ。黙ってちゃ、気持ちは理解できないもの」

 まるで青年の主張の弁論大会にでも出たかのように、レイが真に迫る調子で言うと、サトルは、一瞬、レイと目を合わせたあと、気まずさや照れ臭さが入り混じった複雑な顔をして、風邪薬と空のグラスが置かれたお盆を見ながら、歯切れの悪い調子で言う。

「なら、言わせてもらうけどさ。その。ここのところ、ずっと、四宮のことが頭から離れないんだ。ふとした拍子に、お前の顔が浮かんで、なんか、胸のあたりが切なくなるんだ。頭も、ボーっとして働かなくなるし。……なあ。俺のこと、嫌いじゃないんなら、付き合ってくれないか?」

――その刹那に私の胸に去来した気持ちは、嬉しいとも恥ずかしいとも困ったともつかない、言葉にできない思いだった。

 目を左右に泳がせながら、レイは突拍子もなく話題を転換する。

「男の子の一人暮らしだから、もっと散らかってると思ったのに。割と綺麗にしてるのね」

 話をそらされて真意を測りかねながらも、サトルは淡々と応える。

「いたずらに物を増やさないようにしてるからな。教科書やノートは、学校のロッカーに置いてるし、菓子作りに使うものは、店に置かせてもらってる。不用品が無ければ、片付ける手間もかからない。それより」

 サトルがレイに近寄って返事を迫ろうとすると、レイはサッと立ち上がり、玄関に向かって早足で歩きながら、上ずった声で言う。

「夕方になったら、また様子を見に来るから。そのときにして。お大事に」

 そうしてレイは、荒々しく金属製のドアを開けて廊下に飛び出しては、すぐにドアを閉め、ポケットから合鍵を出して施錠したところで動きを止め、ホッと息を吐く。

――熱に浮かされて弱気になったことで、逆に素直になっちゃったのかな。急に真っ直ぐな気持ちを伝えられたものだから、慌てちゃったじゃない。そっちこそ、反則よ。


挿絵(By みてみん)


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