048「夏の虫」※サトル視点
――試しに作ってみたのは良いけど、なんだか不安になってきたな。
「ニコライさんに頼むと、誉め言葉しか出てこないし、弐村は、何を食べても美味しいしか言わないし。ああ。こんなことなら、女子の友達でも作っておけば良かった」
スマホで着信履歴をスライドしつつ、サトルは、ぶつぶつと独りごとを言いながら、冷蔵庫の前を行ったり来たりしている。履歴には「弐村タカシ」と「ニコライ・ニエーヴォ」という文字が、ほぼほぼ交互に並んでいる。
「一橋さんは、甘い物が苦手そうだし、三谷の奴は面倒臭がりだから、頼んでも嫌がりそうだし、五木と六岡の二人は論外として」
サトルは、スマホの画面から指先と目線を外し、人差し指で左右や上を指しつつ、斜め上を向いて呟いていたが、やがて、天井灯に指先を向けたところで立ち止まり、首を傾げ、眉根を寄せながら言う。
「背に腹は代えられない、か。よし」
サトルは意を決した様子で真剣な顔つきをし、冷蔵庫を開けて中から慎重に白い化粧箱を出すと、その取っ手を持って冷蔵庫を閉め、そのまま玄関に向かう。
*
「ごちそうさまでした。さて、二葉くん。率直な意見を聞かせて欲しい、ということですが、どんなに辛口なコメントでもよろしいのでしょうか? あまりに遠慮容赦ないコメントに、再起不能になるかもしれませんよ? ケーキだけに、甘い言葉でデコレートすることは可能ですが?」
使い終わったフォークを畳んだ銀紙とセロファンが乗った皿の端に置きつつ、マコトがホイップクリームのように滑らかな弁舌を揮うと、向かいの席に座るサトルは、決然とした表情で言う。
「どんな批判でも受け止めるから、正直な感想を言ってくれ」
「そうですか。それでは、言わせてもらいましょう。あくまでも、製菓に関して門外漢の人間が口にする言葉であることに留意していただくとしまして、食べた感想を申し上げます」
そこまで言うと、マコトは一旦、言葉を区切ってサトルを見つめる。サトルは、無言のまま視線を送られる気まずさに耐えかねて、少々どもりがちに言う。
「な、なんだよ。言いたいことがあるなら、さっさと言えよ。俺の顔に、何か付いてるか?」
そう言って、マコトから視線を外して頬や鼻先を片手で触って見せるサトルの反応を、マコトは面白そうに観察してから、小さく笑いをこぼしつつ言う。
「フフッ。何も付いてませんが、顔に書いてありますよ。このケーキを、食べさせたい相手がいるのですね?」
「嘘をつけ。そんなこと、どこにも書いてないだろうが」
うろたえ気味にサトルが言うと、言質取ったりとでも言いたげな得意顔で、マコトが言う。
「おや。どうして自分では見えもしないのに、嘘だと言い切るのですか? それに、その慌てぶりようだと、図星だと言っているようなものですよ。フッフッフ」
――ああ、もう。だから七尾には、こういうことは頼みたくなかったんだ。
「都合のいいゆすりネタが出来たと思って、面白がって引っかき回す気だろう?」
サトルが顔をしかめ、噛みつくように言うと、マコトは愉快そうに、口の端に余裕の笑みを浮かべながら言う。
「さあ、どうしましょうかねえ。誰に食べさせたいのか白状すれば、無用な詮索はしませんけれども」
「口を割らせようったって、その手は食わないぞ」
「それは残念ですね。交渉が決裂しましたから、お相手さんに言ってしまうことにしますね。さぞかし驚くんじゃないでしょうかね、彼女」
「待てよ。なんで相手が女だって決めつけてんだ?」
「違うのですか?」
そう言ってニヤニヤと口角を上げながら目線を合わせてくるマコトに、サトルは、羞恥で真っ赤になった顔を伏せ、そのまま両手をテーブルについてダンと立ち上がり、そこから玄関へ向かってバタバタと駆けて靴を履き、ガチャガチャと内鍵とチェーンロックを外してマコトの部屋を飛び出し、後ろで何か言っているマコトを無視して荒々しくバタンと金属製のドアを閉める。そして、そこに背中を預けてズルズルとへたり込み、片手を熊手のようにして髪をかき乱しながら小さくため息をつく。
――チクショウ。四宮のことを意識したら、また身体が火照ってきやがった。こうなったら、言うしかないか。俺には、それしか方法は残されてないのか? ……駄目だ。考えがまとまらない。
 





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