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041「過保護」※サトル視点② 

――弐村の奴が変なことを言うから、四宮のことが気になってきたじゃないか。あの馬鹿野郎。

 弐村に文句を付けつつレイのことを頭に浮かべていたサトルは、レモンを皮を剥く手を滑らせ、レモンを固定していた利き手と反対の手の親指の腹にペティナイフで切り傷を作る。

「イッ!」

――よりにもよって、柑橘類の皮むき中に指を切るとは。ツイてないな。メチャクチャ滲みるじゃないか。

 鈍い落下音と鋭い金属音をさせながらレモンとナイフをバットの上に落し、親指を利き手の五指でガッチリ握って前屈みになったサトルに対し、ニコライはメレンゲを泡立てる手を止めて素早くサトルに駆け寄り、心配そうに声を掛ける。

「何があったですか、サトル?」

「ウック。ナイフで、軽く切っただけだから。大丈夫、大丈夫」

 苦痛に顔を引きつらせながらサトルが言うと、ニコライは、サトルが出血を押さえてる利き手の指をこじ開けると、すぐに指を怪我してるほうの手の手首を掴んでシンクまで引っ張っていき、蛇口を全開にして流水で血を洗い流しながら、心底残念そうに言う。

「ぜんぜん、ダイジョバナイです。今日のサトルは、いつものサトルと違うますと思てましたのに、ドルチェを作らせるは、良くないことだったです。ごめん(スクーズィ)

――俺の不注意なのに、なんでニコライさんが謝るんだよ。頭ごなしに怒鳴られるよりずっと良いけど、いちいち責任を感じすぎだろう。

「悪いのは、俺だから。ごめんなさい。絆創膏を貼ったら、すぐに作業に取り掛か」 

 サトルが謝意を表しつつ、エプロンの裾で手を拭きながら調理に戻ろうとすると、ニコライはサトルのエプロンの結び目を掴んで引っ張り、ホールのテーブルのほうへ移動しながら言う。

「駄目です。気持ちが空の上にあるでは、ドルチェの最高にならないです。今日は、ここまでにするます」

――うわの空、かな。こと料理に関しては、一切の妥協をしないものな、ニコライさん。それとも、何か逆鱗に触れるようなことを言っちゃったのかな、俺。

 ニコライに引っ張られ、ギクシャクとぎこちなく歩きながら、サトルは黙考する。ニコライは、虹色の光を放つステンドグラスに照らされたテーブルの前で立ち止まり、サトルの肩に手を乗せて席に着かせると、自分もその向かいの席に腰を下ろす。

――取り調べでも始まる気配を感じる。ここは大人しく、言われたことに答えよう。イタリア人に、黙秘権は通用しそうにない。

「サトル。私の目は、誤魔化すことできないですから、正直になて、洗いざらして白状するです」

――もとより、その覚悟だよ。正直、何を訊かれるか、すごく怖いけど。真実の口に手を突っ込んだような気分だ。

 生唾を飲み込み、サトルが無言で首を縦に振って肯定すると、ニコライは、それまでの真剣な表情を一気に崩し、いつものフランクな調子に戻って気軽に訊く。

「それでは、訊くます。いつも真面目にするサトルが、ここまでボヤりするの理由は一つです。サトルは、病気なったのです」

「えっ、病気?」

――おいおい。どういう過程を踏んだら、そんな結論になるんだよ。話が、せんぜん見えてこないぞ。

 サトルが内心で動揺して言葉を出せずにいると、ニコライは、向日葵のようにニッコリと満面の笑みを浮かべながら、サトルの胸の中心を指さして言う。

「その病気こと、日本語で何というか、私、よく知ってるます。サトル。それは、コイワズライと言うます」

――いやいや。何で、そうなるんだよ! 

「ニコライさん。それは、絶対違うから」

 混乱しつつ、やっとの思いでサトルが言うと、ニコライは立ち上がり、バシバシと平手で力強く背中を叩きながら大きな声で言う。

「ワッハッハ。照れることないです。青年(ラガッツォ)は、好きな美女(ベッラ)がいること、家族(ファミリア)に隠すことできないです」

「照れてないから。誤解しないで」

「いいのです、サトル。時間をかけると、本当の気持ち、わかるですから。さあ、お祝いするます!」

 ニコライはそう言いながら、背後で顔を真っ赤にして否定しまくるサトルをよそに、鼻歌まじりに店の奥へと姿を消す。

――何で俺の周りは、こんな人ばっかりなんだろう。まったく。……生まれ変わったら、もっと、まともな人の下に行きますように。


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