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003「同情するなら」

 コンクリート打ちっぱなしの廊下を進み、レイは、漢数字で弐と書かれたステッカーが貼られたドアの前に立つ。

――ドアの外側は共用部だから、本当は剥がせないステッカーを貼っちゃ駄目なんだけど、部屋番号だから大目に見てるのね。

「二号室は、二葉(ふたば)サトル。十代後半の男子。神経質な受験生。制服は詰襟、と。この近くの高校だと、市立東かひのき第一ね」

 バインダーに目を落としてぶつぶつと小声で独り言を言いつつ、レイは再び、木目調の合板の張られた金属製のドアをノックする。

「誰だ。セールスや勧誘なら、お断りだ」

 ノックしてすぐに、部屋の中から、青年期の男子に特有の上ずった声が聞こえてくる。そのむき出しの敵意に対し、レイは宥めるような優しい声音を使って、ドアの向こうへと声を張る。

「私は、このアパートの大家の娘で、四宮レイと言います。しばらく、父に代わって大家を務めることになりましたので、ご挨拶に伺いました」

 レイが言ったあと数秒ほど経ってから、ガチャっという開錠音が聞こえ、ギイッと金属が軋む音をさせながら、パーカーを羽織った青年が、ドアノブを掴んだ状態で姿を現す。そして、訝し気な眼でレイを睨みつけながら言う。

「一人娘がいるという親馬鹿談義は、大家から聞いたことがあるが、あんたが四宮レイだという証拠は、あるのか?」

――警戒心が強いのね。まあ、無理もないか。こんなこともあろうかと、身分を明かせるものを持ってきて正解だったわ。

 レイは、片手でバインダーに挟んであった学生証を引き抜き、青年に顔写真と名前がはっきり見えるように呈示する。

「これが証拠よ」

 青年は、数秒間、まるで手品のトリックを見破ろうとでもするかのように学生証とレイを交互に見比べると、納得したように大きく首肯しながら言う。

「なるほど。間違いなさそうだな」

――上から目線で物を言うのは、どうにかしてほしいところだけど、いまはそんなことを言うタイミングじゃないか。それより先に、聞きやすい疑問を片付けてしまおう。

「サトルくんは、高校生よね。どこの学校に通ってるの?」

「市立東。だけど、何があっても高校まで来るなよ。迷惑だから」

――学校には、家庭のことを知られたくないのかな。高校生で一人暮らししてるくらいだから、親御さんとうまくいってないのかもしれない。

「わかったわ。でも、大変でしょう。まだ高校生なのに、一人暮らしなんて」

 レイが自分の気持ちに正直に共感すると、青年は、うんざりした様子で吐き捨てるように言う。

「同情なら、結構だ。これでも施設にいるより、ずっとマシなんだ。中学を出て、やっと解放されて清々してるところさ。住まわせてもらってることは感謝してるが、無用な干渉はしないでくれ。――そろそろ俺、バイトの時間なんだけど」

 青年は、用は済んだとばかりに会話を打ち切ろうとする。

――施設にいたってことは、親御さんがいないのね。もう。そういうデリケートな事情も、ちゃんと書いておいてよね。

 レイは、どこか腑に落ちない様子をしながらも、話をたたむ。

「それだけよ。あっ、バイト先は?」

 パッと表情を明るくしてレイが訊くと、青年はムッと苛立ちを顕わにした顔で言い放つ。

「プライバシーの侵害だ!」

 レイが言い終わるか終わらないかのタイミングで、青年は乱暴にドアを閉め、ガチャンと施錠する。

――しばらくは、打ち解けられそうにないかな。……さてと。気分を変えて、三号室に行こうっと。

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