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038「晩春の候」※マサル視点

――猫を助けようとしただけなのに、どうして、こんな苦行に遭わねばならないんだ。

「小児病棟の子供だって、ここまでぐずりませんよ。いいから、腕を出してください」

「嫌だ。また、容赦なくブスブス刺すんだろう?」

「今日は、一発で仕留めてみせます。だから、無駄な抵抗をしないで、大人しく身体を預けなさい。看護師だって、暇じゃないんです」

 ひのき総合医療センターの病室で、マサルとアヤが小さな攻防を繰り広げていると、そこへ花束と紙袋を持ったフミが姿を現し、注射器を持ったアヤに声を掛ける。

「あら、看護師さん。まだ、採血が終わらないんですか?」

「ええ。四宮さんが、頑なに腕を組み続けるものですから」

 非難めいた口調でアヤが言うと、マサルが、年甲斐もなく口を尖らせて反論する。

「だって、六岡さん。血管を当てるの下手なんだもの」

「動くから外すんです。ジッとしててください」

「動いてないって。絶対、六岡さんが不器用なせいだよ」

「私のせいにしないでください。ほら、腕を出して」

――あっ。襟足に、猫の毛が付いてる。

 アヤは、油断した隙を突いてマサルの腕を取ると、すかさず脱脂綿で消毒し、抵抗しようと運動したことで太くなった静脈に過たず針を刺して採血すると、すぐに清潔なガーゼをテープ十字に固定し、得意気に鼻を鳴らしながら勝ち誇った様子で言う。

「ごらんなさい。不要なことをしなければ、すぐに済むんです。痛くなかったでしょう?」 

「ヘン。今日は、たまたま運が良かっただけだ。まぐれで成功して、いい気になるなよ」

 マサルが、負け惜しみを口にすると、アヤは使った医療器具を台車の上のステンレス製のトレーに載せ、フミに一礼して立ち去る。フミは、アヤに一礼を返し、荷物をテーブルの上に置くとパイプ椅子に座り、ガサガサと紙袋の中身を空けたり、花束の包装を解いたりしながらマサルと話す。

「レイちゃんから、替えのタオルと肌着類を受け取ってきてるから、そこの戸棚に入れ替えておくわね。お花も、これ、綺麗なオレンジでしょう? ガーベラよ。青い花瓶には、映えると思って。それから、退屈しのぎにと思って、携帯用の音楽プレイヤーとシーディー、あとヘッドホンも」

 忙しなく喋りながら手を動かし続けるフミに対し、マサルは、フミの髪形や服装をしげしげと見ながら、訝し気に問う。

「待て、待て。そんなことは、後回しで良い。それより、どうしたんだ? いつもは、ピエロか芸術家みたいな前衛的(アバンギャルド)な恰好なのに、今日は、大人しい保守的(コンサバティブ)な恰好じゃないか。何かあったのか? 変な新興宗教に洗脳されたんじゃないだろうな」

 フミは、マサルの心配をよそに、あっけらかんとした態度で言う。

「いやあねえ、マサルさんったら。私が、そんな非現実的(オカルトチック)なものに引っ掛かる訳ないじゃない。実はね。昨日、お店が終わったくらいの時間に、一橋さんから電話があって。それで……フフッ。私にも、春が来そうなの」

 赤らめた頬に両手で包み、まるで少女のように照れるフミに、マサルは呆気にとられ、ポカンと口を半開きにして絶句した。

――もうすぐ、夏に差し掛かろうかという時期なのに、季節外れに浮かれ陽気なものだな。頭の中は、ガーベラ畑になってるんじゃないか?

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