036「できすぎ」
――傘という字に則り、ただいま一本の傘を二人で共有している。雨は、明日の朝まで止まないらしい。
「せっかく糊の効いたワイシャツとスラックスに、揃いのベストまで着てるのに、レインコート一枚で走って帰っちゃいましたね」
「ツカサくんは、傘が嫌いなのよ。まあ、あれでも元運動部だから、途中でへばることは無いと思うわ」
ベージュ地に黒と赤のチェックの傘の下で、レイと参藤が仲良く会話しながら、雨の街を並んで歩いている。
――共有相手は、三谷さんの編集担当で、参藤さんというかただ。こうして間近に接すると、意外と背が高いことが分かる。私はローファーで、参藤さんがヒールの高いパンプスを履いてるせいかもしれないけど。
「あっ。三谷さんって、運動部なんですね」
「あら、知らなかったの? 普段は、いつもジャージを着てるでしょう。桂桜は制服がない学校だから、学校名の入った体操服を持ってるのは運動部だけよ」
「ああ。そう言われれば、そうですね。気が付きませんでした」
「まあ、女の子だもんね。学生時代のツカサくんは、カッコよくて人気者で、生徒会長やら馬術部の部長やらを兼任してたし、成績だって常に総合一位をキープしてたのよ」
「えっ! 全然、そんな風に見えませんけど」
――いつもの「司法試験浪人中」みたいな姿では似合わないけど、今日みたいに前髪をオールバックにして、キチッとした服装で、乗馬用の鞭を持ったりブーツを履いたりなんかしてたら、それなりに様になりそうではある。
「何年も前の話だもの。時の流れは残酷だわ。私が言えた口じゃないけど」
――私の知らない三谷さんを、参藤さんはいっぱい知ってるんだなあ。卒業してから今までの数年に、何があったんだろう?
レイが沈思していると、参藤がフフッと小さく笑みをこぼしてから話を続ける。
「でも、あなたに出合ったことで、ツカサくんの心の中で止まっていた時計も、また動き始めたと思うわ。ねえ。正直なところ、ツカサくんのこと、どう思ってるの?」
「どうと言われても」
レイが戸惑っていると、面白そうに参藤が質問を重ねる。
「それじゃあ、質問を変えましょうか。もし仮に、ツカサくんから好きだって言われたら、どうするの? 試しに付き合ってみて損は無いと思うわよ。まっ、少々頑固なところがあるのは否めないけど、優良物件だと思うわ。事故物件にした私が言うのも、おかしな話だけど」
――どこか引っ掛かる言いかただけど、詮索するのは怖いからやめておこう。
「う~ん。いざ、そのときにならないと分かりませんけど、ホントに告白されたら、了承すると思います」
眉根を寄せて斜め上を向き、傘に刺繍された馬のブランドマークを見ながらレイが答えると、参藤は大喜びで、はしゃぎ気味に言う。
「あら、そう! いやね。これは私の勝手な予想なんだけど、ツカサくんも、あなたのことを好いてると思うの。だって、そうでなかったら、自分が訳した小説が載ってる雑誌を渡したり、喫茶店で話し相手になったり、サイン本をあげたりしないじゃない。そっか~。両想いか。いや~、良かった、良かった。――あっ。私の家は、この近くだから。それじゃあ、またね」
そう言うと、参藤は傘の柄をレイに握らせ、手に持っていたジャケットの襟を持って頭にかぶると、小雨の中を走り出す。レイは、その背中に向かって叫ぶ。
「待って。傘!」
「ツカサくんに渡して!」
参藤は、振り返ってそう言い返すと、急いで路地を曲がって姿を消した。
――雨で外に出かけられないことだし、早いところ雑誌と本を読了して、傘を渡してしまおう。





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