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035「雨宿り」

――五月晴れだった連休が明けると、五月雨の日々がやってきた。

「降水確率は、二十パーセントだったのになあ」

 レイは、しばし玖堂書店の軒先で雨止みを待っていたが、やがてガラス引き戸のボタンを押して店内に入り、棚に差された本の背表紙を斜め読みし始める。

――最近の話題の本は、あんまり置いてないみたいね。……あら?

 本棚を見て回りながら、店の奥へと足を進めていたレイは、入口から縦長のエル字になった店の最奥部で、少し横に広いエリアの片隅に、見慣れた男が、見慣れないパリッとした格好をして、クロスを敷いた長机の向こうで、居心地悪そうにパイプ椅子に座っているのを発見し、興味本位で近付く。

「どうしたんですか、三谷さん。今日は、本屋さんで仕事なんですか?」

 ツカサは、手にしていたペーパーバックから顔を上げ、そこに立っているのがレイであることを認めると、近くの本棚で、わざとらしく洋書にはたきを掛けている参藤にチラチラと視線を送りつつ、説明する。

「この前に喫茶店でした話を、マスターが、今そこで書店員のふりをしてる編集に話したらしく、どんな小説を書いてるのか見せろと詰め寄られてね。誰かさんに似て、興味のアンテナが広いから」

「誰に似たんでしょうね。それで、それから、どうなったんですか?」

 ツカサは、素知らぬ顔で口を挟むレイに呆れつつ、尚も説明を続ける。

「試しに少部数、刷ってみようという話になって、二百部近く製本して、サインして渡そうとここに持って来たんだけどさ。僕の翻訳文の読者は、意外と多かったみたいで、それほど大々的な宣伝は打たなかったんだけど、残りは、この通り」

 そう言うと、ツカサは足元にあるミカン箱程度の段ボールを持ち上げ、中身が三冊だけになっていることをレイに示す。

「わあ、凄い。ほぼ完売じゃないですか」

 レイが感心していると、そこへ参藤がやってきてレイに声を掛ける。

「そうでしょう。初の自著本が好評だっていうのに、ティーエム先生ったら、ちっとも嬉しくなさそうで」

 参藤がチクチクとツカサに指摘をすると、ツカサも負けじと言い返す。

「この程度で天狗になるほうが、おかしい」

「先生は、もっとご自分の才能に誇りを持つべきです。謙虚は美徳ですけど、謙虚すぎると卑屈になりますよ?」

「プライドが高すぎるのを、傲慢という」

――ああ言えばこう言うとは、まさに、このことね。ご立派な理論武装ですこと。私がユキさんなら、ゴチャゴチャ言うなって手を上げるところだわ。

「お二人とも、仲がよろしいんですね」

「ウフフ。学生時代、色々ありましたものね」

 目を細めながら愉快そうに参藤が言うと、ツカサは苦々しく顔をしかめて反論する。

「色々あったで済ませるな。あの一件で、しばらく人間不信になったんだからな」

「その経験が、翻訳や創作に生かされてるのではなくて?」

「文筆業なんていう不安定な仕事を押し付けて、よく言うよ」

――喧嘩するほど、何とやら。二人の言い争いは、雨が止んでも終わりそうにないな。

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