034「君の名前は」※サエ視点
――実写化された途端に、原作と別物になっちゃったなあ。レイちゃんが言ってた通りだ。ラストをハッピーエンドにするために、あちこちの設定が改変されてる。たしかにバッドエンドに思えるかもしれないけど、小説のほうがリアリティーが高かったのになあ。何で変えちゃったんだろう。
観終わった映画について、頭の中で取り留めもない考えを巡らせながら、サエがボンヤリと歩いていると、アクション映画を上映している別のシアターから勢いよく飛び出してきた詰襟姿の弐村と衝突し、その場に尻餅をつく。
「わっとっと。大丈夫ですか? 怪我は?」
弐村が急いで立ち止まり、手を差し伸べながら言うと、サエはその手を握り、弐村に引かれながら立ち上がると、スカートの裾を払いながら言う。
「外傷は、無いと思うわ。ありがとう」
「いえいえ。こちらこそ、ぶつかってしまって、ごめんなさい」
――この手を離すのは、ちょっと惜しいな。ここは、古典的な手だけど、ひと芝居打ってみよう。
「っつ。イタタタ」
片手を握ったまま歩こうとして、すぐに腰を屈め、片足の踝あたりを押さえながら、サエが痛そうに顔を歪めて立ち止まると、弐村も、すぐ側にしゃがみ込み、顔を覗き込んだり足を見たりしながら言う。
「ああ、どこか捻ったんじゃないかな。誰か呼びましょうか?」
――オッと。そこまでされては、仮病であることがバレてしまう。
詰襟のポケットからスマホを取り出そうとする弐村に対し、サエは、スマホを持っているほうの弐村の腕を掴みながら言う。
「事を大きくしないでください」
「でも」
ただならない様子を察しつつも、どうするべきか迷ってる弐村に、サエは不器用に笑って見せながら、たどたどしく言う。
「体重を乗せなければ、平気ですから。だから、少しのあいだだけ肩を貸してください」
「そう、ですか? それなら、どうぞ」
逡巡しつつも、弐村はサエに肩を貸して腕を回し、二人三脚の要領で並んで歩く。
――う~ん、間が持たないな。何か、共通の話題でもあればいいんだけど。……あっ、そうか。
「詰襟姿だけど、今日は学校が早く終わる日なの?」
何気なくサエが朗らかに言うと、弐村は一瞬ギクッと身体をこわばらせたあと、悪戯がバレた少年のようにバツの悪い顔をして歯切れ悪く言う。
「いやあ、それが。午後からは、受験に必要ない科目なものだから、ちょいとサボタージュを」
そう言って弐村が頬を指で引っ掻きながら、視線を斜め上に逸らすと、サエは、口元を片手で覆い、クフフと上品な笑いをこぼしてから言う。
「あらあら、イケないんだ。授業をほったらかしにして、映画なんて見ちゃって」
「それが、さ。友だちから、さっき観た映画の話を聞かされて、先生の話を聞いてるより、ずっと面白そうだと思ってしまって。そう考えると、居ても立っても居られなくなったん、ですよ」
――思い立ったら、即座に行動に移すところも、敬語に慣れてないところも、高校生らしくて初々しいわ。
「そうなの。ところで、あなたのお名前は?」
「えっ。俺の名前?」
弐村が驚いて言うと、サエは事も無げに言う。
「そうよ。私は、肆折」
「俺は、弐村です。えっと、何シオリさんですか?」
――やっぱり、誰だって初めは、そう思っちゃうわよね。レイちゃんも、同じような反応をしたっけ。
サエは、忍び笑いをしながら、弐村の質問に丁寧に答える。
「肆折が苗字で、名前はサエよ。肆折とでも、サエとでも、好きに呼んで良いわ」
「それじゃあ、シオリ、さん」
――ホントは敬語もやめて欲しいところだけど、そこまでは初対面じゃ無理かしら。
 





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