031「偶然にも」
――遊園地の一件でお腹いっぱいになっていた私は、もう一つの約束のことを、当日の朝まですっかり忘れていた。家の電話へ七尾さんからのモーニングコールが無かったら、おそらく遅刻するか、すっぽかすかしていただろう。正直、ここまで一度に色々ありすぎて、脳内の情報処理が追い付いていない。オーバーワークの元凶が父親であることは、明白である。とっととリハビリを終えて退院してほしいものだ。
「良い映画だったでしょう。珠玉のラブストーリーを謳ってるだけあると思わないこと?」
漆田が、一歩後ろをマコトと並んで歩いているレイに向かって言うと、レイは戸惑いと微笑みが入り混じった顔で頷く。それを見たマコトは、含みのある笑みを浮かべながら、ずけずけと遠慮なしに言う。
「はたして、親元を離れ、大学を出て社会人になった男性が、わざわざ高校まで過ごした、寒く、閉鎖的な雪国へ戻るでしょうか? 長男であれば、さておき。彼には、一足早く結婚した兄がいる訳ですからね。普通、呼ばれたって行かないのではないでしょうか? しかも、そこへおあつらえ向きに高校時代の同級生であるかつての女子生徒が、独身のまま、誰とも付き合うことなく地元に留まり続けているのも、不自然だと思います。何より、都合よく二人が両想いであるというのも、無理がある設定ではないかと」
「ちょっと、七尾くん。感動に水を差すようなことを言わないでちょうだい」
マコトのほうを見ながら、漆田が口を尖らせて文句を言うと、マコトは、わざとらしく口元を片手で覆いつつ、眉を下げて申し訳なさそうな顔を作りながら、レイに向かって言う。
「これは、失礼いたしました。つい、主任とオフィスで話しているつもりになってしまいました。お気を悪くされたのなら、陳謝いたします」
「いえ、気にしないでください。感想は、人それぞれですから」
――この映画を選んだのは、漆田さんのほうなんだろうな。そして七尾さんは、ハッピーエンドのラブストーリーが嫌いなのね。たかがケータイ小説が原作の映画に、そこまでシビアな分析眼を向ける人も珍しいけど。
「七尾くん。それじゃあ、いつも私とは辛口の批判をし合ってるみたいじゃない。訂正なさい」
漆田がマコトに発言の撤回を求めると、マコトは、ニヤニヤとチェシャ猫のようにいやらしく口角を上げて言う。
「おやあ? 自覚が無いのですか、主任。――あの青年は、二葉くんではありませんか?」
アクション映画を上映している別のシアターから出てきたサトルを目ざとく見つけると、マコトは、その横顔を指さしながらレイに小声で言った。レイは、その先にマコトが言う人物を見つけ、よく通る大きな声で呼ぶ。
「二葉くーん。こっち、こっち!」
一瞬、ビクッと肩をそびやかせたサトルは、声のするほうを向く。そして、マコトとレイと視線が合ったサトルは、そのまま無視する訳にもいかないと思ったのか、仏頂面で二人を睨みつつ、つかつかと早足で歩み寄る。
――まさか、こんなところでお前たち遭遇するとは、とでも言いたげな表情ね。
「無用な干渉するなと言ったはずだが?」
不機嫌そうにサトルが言うと、そこへ漆田が口を挟む。
「あらあら、ハンサムボーイね。二人の知り合いみたいだし、四人で一緒にお食事にしましょうよ」
言葉の上では提案の体を取りつつ、言外に有無を言わせぬオーラをまとわせながら二人を見据える漆田に、レイとマコトは、顔を見合わせて無言で頷き合うと、マコトが答える。
「主任は、一度言い出したら、達成するまで言い続ける人柄なんです。二葉くんの分の食事代は僕が負担しますから、お付き合い願えますか?」
二葉は、心底めんどくさそうな顔をしながらも、マコトの提案に賛同する。
「わかったよ。ここで見つかったのが、運の尽きだ」
――全くもって、素直じゃないんだから。社交辞令で良いから、お言葉に甘えて、とか何とか言ってみなさいよ。





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