030「遊園地へ(7)」※ヒビキ視点
「ちょっと、待って。途中で床が透けるようになるとか、ここのスタッフ、何を考えるんだよ!」
「これが、三百六十度のパノラマ体験、って奴なんだろう。粋な計らいじゃないか。観覧車の売りに文句をつける気か?」
ゴンドラの中で、ヒビキとユキが向かい合わせに座っている。ヒビキは、シートに深く座り、両足を床面から離した状態で。ユキは、ときおり透明の床を遠慮なく踏んで見せながら。
「だいたい、一日利用券があるならと言って、これに乗ろうと誘ったのは、そっちのほうじゃないか。提案したほうがビビってどうする。まったく。虎みたいな頭をしてるくせに、チキンハートなんだな。いっそのこと赤く染めて、鶏冠にしたらどうだ?」
意地悪そうにニヤニヤとしながら、ユキが煽り文句を連発すると、ヒビキは、床から目を離してユキのほうを見ながら反論する。
「余計なお世話だ。別に、好きで虎みたいな頭にしてるんじゃない。リタッチする余裕が無いだけだ。ていうか、足踏みするな。ゴンドラが揺れるから」
後ろ手で背後にある金属製のバーにしがみつきながらヒビキが言うと、同じように後ろ手でバーを掴んでユキが愉快に言う。
「揺らされたくなかったら、ここまで来て止めやがれ。この床の上に両足で立つ勇気があれば、の話だけどな。どうだ。出来ないだろう?」
ユキに挑発されたヒビキは、バーを手放しておもむろに立ち上がると、ドアと反対側の窓に背を預け、なるべく透明部分の上を渡らないように蟹歩きすると、ゆっくりとユキの隣に座り、両手でユキの両脚を押さえつけながら、ボソッと言う。
「意外と弾力があるんだな。もっと固いかと思ったのに」
――やっぱり、女性の身体は違うな。こうしてると、昔、姉ちゃんに膝枕してもらったときのことを思い出す。
どうだ、参ったか、これで悪戯できまい、というような言葉が出てくると思っていたユキは、ともすればセクハラともとれるヒビキの発言に戸惑い、顔を真っ赤にしながら、ヒビキから顔を背けて言う。
「なっ、何を言い出すんだ、馬鹿者。日頃の肉体労働で鍛えられた私の脚が、柔らかいはずないだろう」
「そう思うなら、俺の脚を触ってみろよ。こっちを向いてさ」
ヒビキが、両手を脚の上から手を放すと、両肩を掴んでユキを自分のほうへ強制的に振り向かせる。
――うわっ、赤面してる。完熟トマトみたい。
ヒビキが驚いて動きを止めると、ユキはヒビキの胸を両手で突き飛ばし、端に寄って距離を置いてから言う。
「おい。もう、平気なのか? さっきより高いところにいるし、床は透けたままだぞ」
「三百六十度のパノラマよりも、夕陽のように朱に染まってる君を見ていたい」
――わあ、言っちゃったよ、俺。本心だけど、最高にキザったらしく映ってるに違いない。
ヒビキがユキを真っ直ぐ見つめながら言うと、ユキは、片手でヒビキの肩をポカポカと殴りながら言う。
「言ってろ、この馬鹿。バカバカバカ」
――いったいなあ。照れ隠しなんだろうけど、力加減に気を配ってほしいぜ。ギターが持てなくなるんだから。
二人がゴンドラから出てきたところを見たスタッフによると、ユキとヒビキは仲睦まじく手を繋いで降りてきたそうである。ヒビキの想いがユキに届いたかどうかは、推して知るべしであろう。





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