022「個人差」
「藪をつついたら、ハブとマングースの対決に遭遇した訳ね」
「そんな愉快のものじゃないわよ、サエ。舌戦を傍観してたと思ったら、いつの間にか二人の中間地点に立たされてたんだから」
背後で長年の酸性雨に晒されて大粒の涙を流しているマリア像が見守る中、レイは、フェミニンなブラウスにシックなフレアスカートを合わせた女と並んで、ベンチに腰かけて弁当を食べながら歓談している。
「でも、良いじゃない。タダで映画を観られて、おまけにホテルでディナーまで出来るんでしょう? 儲かったじゃない」
「あのね。タダより高いものは無いって言うでしょう? 当日のことを考えただけでも、今から胃が痛いわ」
「それじゃあ、そのミニ春巻きをいただいても良いわね?」
レイの弁当を覗き込みつつ、女が自分の弁当箱の蓋をレイに近づけて言うと、レイは、その上に箸でミニ春巻きを乗せながら言う。
「あんた、いつも私のおかずを狙ってるわね。冷凍食品の詰め合わせなのに」
「だから、よ。私のママは、出来合いの食べ物を目の敵にしてるところがあるから、なかなか食べられないんだもの」
――ああ、そうですか。それはそれは、たいそうお育ちのおよろしいことで。
女が、まるでフォアグラのソテーでも食べているかのごとく美味しそうにミニ春巻きを頬張る口元を横目に、レイは、そこから二十センチばかり下に目線を下げながら、しみじみと言う。
「添加物を取らないと、エクセレントに育つのね」
レイの視線の先に気付いた女は、箸をおき、両手で胸をクロスに抑えながら、頬を紅潮させて言う。
「もう、レイちゃんったら。これでも、デラックスしか無いのよ。ファンタジーは欲しいところなのに」
――チャレンジ以下の私に謝れ。ついでに、推定バッファローのユキさんにも詫びを入れろ。谷間に汗が溜まって、湿疹ができますように。
海老焼売を食べながら心の中で御門違いの呪詛を唱え、そして水筒の麦茶を飲んで一呼吸おいてから、レイは話題を変える。
「それより、彼氏とは続いてるの? もうすぐ三ヶ月だけど」
そう言われた女は、卵焼きを口に運ぶ手を止め、一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったようなキョトンとした表情をしたあと、すぐにニッコリ笑って言う。
「ああ、そっか。言ってなかったっけ? 彼とは、先週末に別れたわよ。だから、残念ながら最長記録更新は出来ませんでした」
「あら、そう。ちっとも残念そうじゃないわね」
「フフッ。だって、次に期待してるから」
――モテるけど長続きしないのと、まったくモテる気配が無いのとでは、どっちが幸せなのかな。
「それで今回は、どこの分岐で失敗したの?」
半分茶化すような態度でレイが言うと、女は顎を引いて目を伏せ、その先に人差し指を添えて考えながら言う。
「う~ん。確証は無いんだけど、私のお部屋でお話ししてたときに、途中でお花を摘みに行ったのよ。そしたら、そのあとから、なんだかソワソワと落ち着かない感じになったのよ。だから、きっと私が居ない隙に宝探しをして、うっかりパンドラの箱を開けちゃったんじゃないかと思うの。人目につかないようにベッドの下に隠して、カモフラージュしてるつもりだったんだけど」
――なるほどね。おおかた、段ボール箱か何かに詰めて入れておいたのが、何かの拍子に少しはみ出して、本人不在の隙をついて開封したのね。幼少期のアルバムか何かだと思って見たんでしょうけど、予想に反して中からビーがエルする薄い本の山が出てきたものだから、百年の恋が瞬間冷却しちゃったというところか。
「量が量だものね。隠し切れなかったとしても、無理ないわ」
「そうなのよね。いっそ、最初からオープンにしておけば良いのかしら?」
「そういう問題じゃないわよ」
「じゃあ、どういう問題なのよ?」
無邪気に瞳を輝かせながら問いかける女に対して、レイは、困ったように眉根を寄せて首を傾げつつ、鶉卵とプチトマトが刺してあるピックを手に取り、口に入れる。
――清純な乙女だと思ってホイホイ声を掛けるナンパ師が悪いのか、はたまた、性格にギャップがあるサエが悪いのか。





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