021「謳い文句」
――普段の私なら、不要なものを買わされないように、実演販売には近づかないようにしてるんだけど。
「デパートでもセールスしてるんですね、七尾さん」
誰も居ないにもかかわらず、さも、その場に誰かいるかのように話術を繰り広げているマコトに、レイは呆れ半分で声を掛けた。するとマコトは、目を細めてレイのほうを向くと、とびっきりの営業スマイルで言う。
「おやおや、これはお恥ずかしいところでお会いましたね。なにぶん、一軒一軒訪問するだけでは、なかなか売り上げが増えませんからね。しかも、昨今はセキュリティーが厳しいご時世でございます。番犬に吠えられるだけならまだしも、警備会社の人間を呼ばれては、こちらのほうがお呼びでないという次第でしょう? そうなると、いきおい、このような場をお借りしなければ、大っぴらに商品を宣伝できない、とまあ、そういう次第でして」
「フ~ン。商品ひとつ売るにしても、いろいろと苦労してるのね」
興味無さそうにレイが言うと、マコトは、ビニールクロスを敷いたテーブルに積み上げられている小箱を一つを手に取り、声のトーンを落とし、俯き加減に低い声でボソッと言う。
「豊かな社会と、衒示的消費です。正直、こんな押し入れの肥やしにしかならないものを売り付けたくないんです。でも、売らなきゃ首を切られますから。この歳になると、再就職もままなりませんし、そうでなくとも、贅沢を言える立場にはありません」
――何か引っ掛かるような言いかたね。深追いしないけど、ちょっと気になる。
「オッと、いけない。そろそろ時間です」
マコトは、小箱を山の上に戻して時計を見ると、よそ行きの笑みを貼り付けてスッと顔を上げ、近付いてくる漆田に会釈をする。
――会社の同僚さんかな。それとも、デパートの職員さんか? 脇に寄って、素知らぬふりをしておこう。
「おつかれさま、七尾くん。あとは、デパートのほうで片付けてくれるそうだし、会社のほうには私から連絡しておいたから、直帰していいわよ」
漆田が事務的に伝えると、マコトは慇懃にお辞儀をしてから言う。
「そうですか。ありがとうございます。では、失礼します」
立ち去りかけたマコトに対し、漆田はマコトの腕を掴んで引き留めながら、不満そうに鼻を鳴らして媚びるように言う。
「さっきの休憩中の話、まだ返事を聞いてないわよ?」
「はてさて、何の話をしてましたかねえ。どうも最近、物忘れが激しくて」
とぼけた調子でマコトがしらを切ろうとすると、漆田はマコトの腕から手を放し、体育で整列するときのように腰に手を当てながら言う。
「年上の私に対する当てつけのつもり? 今度の連休に、映画を観に行きましょうって話よ」
「ああ、そうでした。観終わってからホテルでディナーを、という話もありましたね」
さも、いま思い出したという素振りで、わざとらしくマコトが言うと、漆田はしびれを切らしたように、返事をせっつく。
「そうよ。ごちそうするから、付き合ってちょうだいよ」
「食事だけで済むとは思えませんので、出来ればお断りしたいのですが」
マコトが表面上、申し訳なさそうに装って言いかけると、漆田は眼をギロリと見開き、無言でマコトをキッと見据える。その鋭い視線から目を背けながら、マコトはレイのほうを向き、何かを求めるようにジッと見ながら言う。
「漆田先輩には、困りましたねえ……ねえ、四宮さん?」
――えっ、私? そこで話を振られても、応対に困る。
このあとレイは、高度に政治的な狸と狐の化かし合いに巻き込まれ、連休最終日に三人で映画を観に行くことになった。





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