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020「かたおもい」

「すみませんね。半分、荷物を持ってもらっちゃって」

「いいって、いいって。どうせ、同じ方向なんだから」

 右肩から左の腰へポーチを下げ、右手に野菜や卵が入ったレジ袋を持つレイと、右肩にエレキギターを担ぎ、左手に調味料や豆乳が入ったレジ袋を持つヒビキが、商店街から続く通りを、会話を交わしながら並んで歩いている。 

「でも、お疲れだったんじゃないですか? 音楽スタジオから出てくるところでしたけど」

 レイが気を遣って言うと、ヒビキは、小さく首を横に振ってから言う。

「平気だって。今日は、他の二人がドタキャンしたから、一時間だけで切り上げたんだ」

――ということは、六岡さんのバンドは三人組なのか。あとの二人の楽器は何なんだろう?

「そうだったんですね。それぞれ、担当は何なんですか?」

 レイが、ヒビキのギターを見ながら言うと、ヒビキは得意気に言う。

「俺がギター兼ボーカル。それから、タケシがベースで、マリがドラム」

「あっ、男女混成なんですね」

「そうそう。元はタケシと二人だけだったんだけど、そこへタケシの演奏に惚れたマリが加わった形だな」

「三角関係になりませんか?」

 レイが、口の端に笑みを湛えながら疑問を投げかけると、ヒビキは快活に笑いつつ、首を横に振ってから答える。

「ハハッ。無い、無い。マリはタケシにベッタリで、俺のことはアウトオブ眼中だし、タケシも、まんざらでもない感じだから。俺が二人に付け入る隙は、髪の毛一本分も開いてない。まあ、三人になった当初は、ちょっとした小競り合いもあったけど、今は友情で繋がってる」

「へえ。仲が良いんですね」

 レイが感心すると、ヒビキは照れながら言う。

「まあな。地球上に音楽を満たして、愛と平和にしたいという共通目標があるから、つまらない嫉妬や無いものねだりが、無駄に思えるのかもしれない」

――おやおや。ずいぶんと話の規模が大きいこと。

「壮大な目標ですね」

 レイが、呆れた気持ちを胸の内にしまいながら言うと、ヒビキは、小さく溜め息を一つこぼしてから、どこか遠くを眺めるようにして言う。

「到底、おいそれと達成できるものじゃないけど、目指すのは勝手だろう? 馬鹿なことやってるのは自覚してるけど、一度抱いた夢を簡単には諦められなくてさ」

――私が六岡さんの親なら、真面目に考えろとか、手堅い仕事に就けとか、結婚して身を固めろとか何とか御節介をするところだけど、そういう責任の無い立場の人間から言わせてもらえば、気楽そうで良いじゃないの、という一言に尽きる。

 レイが黙ったままでいると、ヒビキは、少し言い辛そうにしながら言う。

「あのさ。昨日の晩、五木さんの部屋に行ったんだろう? 何か、変わったことは無かったか?」

――ああ。昨日のこと、知ってるんだ。強制連行されるところを、きっと誰かが見てたのね。止めて欲しかったなあ。

「う~ん。まだ、お会いしてから日が浅いので、何とも言えませんけど、特におかしなことは無かったですよ」

 レイが、羞恥心を隠しながら言うと、ヒビキは、ホッと安堵に胸を撫で下ろしながら言う。

「そっか。それなら、良いんだ」

――もしかして、六岡さんは、ユキさんのことが気になってるのかな。隣の住人だから心配しているというにしては、反応が親身にすぎる気がする。七尾さんが同じことをしても、同じような反応を返すとは思えない。あくまで、予想だけど。

「ひょっとして、六岡さんは」

 レイが言いかけたとき、ヒビキは何かを思い出したかのように急に大きな声を出し、レイにレジ袋を渡す。

「ああ、そうだ。新しい弦を買っておかなきゃいけないんだった。悪いけど、俺は商店街に戻るよ」

 そう言ってヒビキは、来た道を急いで駆け戻っていく。レイは、レジ袋を両手に持ちつつ、その後ろ姿に向かって大きな声で言う。

「あっ、はい。ありがとうございました」 

――慌ただしい人。でも、今を精一杯生きてる感じがして、悪くない。


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