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019「みんな違って」

――捕獲と言おうか、拿捕(だほ)と言ってしまおうか。ほろ酔い気分のユキさんに迂闊に近付いてしまったことを、後悔し始めている。したところで、先に立たないんだけど。給料日でご機嫌のユキさんに肩へ腕を回されたと思っていたら、そのままユキさんの肩に担ぎ上げられて部屋まで連れて行かれるなんて、予期しろというほうが無茶よ。

「飲みすぎじゃないですか、ユキさん。もう、十本目ですよ?」

 片目を瞑って発泡酒の缶の中を覗き込んでいるユキに向かって、レイが心配そうに言うと、ユキは片手で缶を握り潰し、その辺に適当に置きながら言う。

「まだ、二本残ってるじゃない。宴は、これからだ。今夜は、とことん飲むぞ!」

 そう高々と宣言すると、ユキはおもむろにオールインワンのファスナーを下ろし、遠山金四郎よろしくの豪快さで、上着部分を脱ぎ始める。

――うわあ、眼がランランとしてる。さながら、獲物を狙うチーターね。餌食になったトムソンガゼルは、大人しく枝豆を食べておこう。……あれ? ひょっとしたら。

 レイは、こたつテーブルの上に置かれた枝豆に向けて伸ばした手を途中で止め、袖をウエストで縛り、ティーシャツ一枚になって十一本目の発泡酒を飲んでいるユキを見ながら言う。

「つかぬことを伺いますけど、ティーシャツの下は」

 視線に気づいたユキは、呷るように缶の中身を空けてテーブルの上に置き、片手でパンと臀部を叩きながら言う。

「ん? 下は、履いてる」

「上も付けましょうよ」

 レイが部屋に散らばる服を見渡しながら言うと、ユキは面倒くさそうに言う。

「別に、良いじゃない。誰が見る訳じゃなし、動きを抑えるほどでもなしにさ」

――それは、そうかもしれないけど。いやいや、そういう問題じゃない。

「だいたい、何で女だけ胸を隠さなきゃいけないのさ。ヘレニズムだかジェンナーだか、偉い先生が何て言うかは知らないけどさ。男に生まれるか女に生まれるかで、ずいぶん違いすぎる」

 ユキが非難めいた口調で言うと、レイは言おうとした言葉を胸にとどめて曖昧に頷きつつ、沈思する。

――フェミニズムとジェンダーのことかな。古代ギリシャや牛痘ワクチンが関係ないのは、たしかだけど。それにしても、急に話がシリアスになってきたわね。もしかしたら、職場で嫌なことがあったのを忘れたくて飲んでるのかもしれない。ストレスの捌け口をアルコールに求めるのは感心しないけど、手っ取り早く解消したいという考えは理解できなくもない。

「男も女と同じ苦労を味わえとか、だったら女も男と同じ責任を背負えとか言って、マイナスの押し付け合い、嫌なことの擦り付け合い、足の引っ張り合いになるんじゃなくてさ。生まれた性別に左右されない生きかたを自由に選べるような、また、選んだ生きかたを他人が否定しないで受け止めるような、そういう社会って、出来ないものかなあ。ダー!」

 どこか嘆くような調子で言うと、ユキは十二本目の缶の中身を干し、空いたアルミ缶を握りつぶすと、そのまま目を閉じて大の字に仰向けになる。それから、ものの数秒ほどで、半開きの口から凄まじい鼾が発せられる。

――あらあら。言いたいこと言ったら、いきなり寝ちゃった。私一人じゃ、ユキさんは持ち上げられないし、ちょっと可哀そうだけど、このままにして帰るしかないか。二日酔いにならなきゃいいけど。

 レイは、近くに丸めてあった毛布をユキの腹の上に掛けると、足音を忍ばせて部屋をあとにする。

――苦痛の先延ばしにしかならないとわかっていても、ガブガブと浴びるように飲むのをやめられない。今は平気かもしれないけど、歳を取って体力が落ちてきたら、どこかしら故障するだろう。そうなる前に、根本的な解決策が見つかればいいんだけど。


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