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017「口コミ(後)」

「キッカケ?」

 ニコライが不思議そうに言うと、レイは、キッパリとした口調で言う。

「はい。どうして二葉くんは、ここで働こうと思ったのかと思いまして」

 陽の光に照らされたテーブルの上には、エスプレッソの豆を挽いた粉やザバイオーネクリームが微かに残った白磁の洋皿と、持ち手に細かいエッチングが施されたデザートフォークが置かれている。ニコライは、それを見るともなしに見ながら、何かを思い出すように静かに語り始める。レイも、それにつられ、ゆらゆらと輝く虹色の光を見つめながら聞き入る。

「サトルが、ここで働くの理由ですね。それは、十年は昔に逆立ちします」

――遡る、かな。だんだん、ヘンテコな日本語を読解できるようになってきたわ。

「小さかたサトルは、パーパ、マンマに恵まない子供でした」

――恵ま()ない、ね。幼くして、ご両親と離れ離れになってしまったという訳か。

「ある日、小さいサトルは、言いつけを破るのことして、勝手にシセツ、抜け出すのです」

――シセツというのは、児童養護施設のことね。で、そこに預けられている現状に我慢できなくなった二葉少年は、こっそり脱走を図ったという訳ね。高校生で一人暮らししてるのも、この辺が理由なのかもしれない。

「私は、サルデーニャをわかれして、ヴェネツィアでパティシエなり、ここにお店開く思うところでした」

――ええっと。その頃のサルデーニャ島に生まれたニコライさんは、故郷を離れてヴェネツィアで修業して一人前のパティシエになってから、ここでお店を開こうと考えていたところだった、ということかな。

「日本でイタリアのドルチェがはやってるの聞き、お店の準備してるところ、サトルがお店に来るのです」

――ニコライさんが開店準備をしているところに、脱走してきた二葉少年がやってきたのね。やっと二つが繋がった。

「走ったサトル、たいへんお腹ペコペコでした。私は急に、サトルにビスコッティを食べる言いました」

――走って逃げてきた二葉少年は、空腹だったから、ニコライさんは急いで厨房に行って、ビスコッティを食べさせた、といったところかな。

「食べたサトル、元気になるますと、私にレシピ聞くのです」

――ビスコッティを食べて元気を取り戻した二葉少年は、ニコライさんに作りかたを教わろうとしたのね。よっぽど美味しかったんだ。

「そこに、怖い女の人来るまして、サトル、引っ張る帰るのです。私は、悲し顔したサトルを元気にする思うまして、大きくなるから、また来るの良いよ、言いました」

――そこへ、おそらく施設の担当者と思しき女性がやってきて、二葉少年を連れて帰ろうとした。ニコライさんは、悲しい顔をしている彼を励まそうと思って、大きくなったらまた来るようにと言った、と。なるほど。

「それで、大きくなった二葉くんは、この店にやってきたのですね?」

 謎が解けてスッキリした表情のレイが嬉しそうに言うと、ニコライも喜色満面で同意する。

「そうです。美味しいもの、もっとたくさんの人に知ってもらいたい思うサトルに、私は、手っ取り教えるのです」

――フ~ン。幼いころに食べた味に感動して、それを広めようという将来目標を設定して、夢の実現に向け努力しているのか。意外と、健気なところがあるじゃない。

 微笑む二人を割って、不機嫌そうに口を歪めたサトルが、向日葵のデザインが描かれたカプチーノを持って現れ、それをテーブルの上に置きながらレイに言う。

「おい。何を勝手に、他人の過去を聞き出してるんだ」

「あら。ニコライさんに相手してもらえといったのは、二葉くんのほうじゃないの。まあ、可愛らしい向日葵だこと」

「ジラソーレは、イタリアは向日葵を指すのです。ティラミ、スーは、私を、引っ張り上げる、いう意味なるのです。今日は頑張るいうとき、ティラミスーは一番のです」

「ニコライさん、その辺で。向こうのお客が、ニコライさんと話がしたいって」

 カウンターの奥で妖艶に紫煙を燻らしている客を指さしながらサトルが言うと、ニコライは、レイに次のように言って、その客のほうへ向かう。

「オオ。こっちにも、美女(ベッラ)が居るのですね。お待たせするました」

 調子の良いニコライの後ろ姿を見送ったあと、サトルは、一瞬、レイと視線を合わせたあと、すぐに顔を背け、ステンドグラスのほうを見ながら無愛想に一言だけ言って立ち去る。

「接客は苦手だし嫌いだけど、お前のことは、別に嫌ってる訳じゃないから。勘違いするな」

――あらあら。好かれてなくは無い、のかな。

 耳を赤くしながら立ち去るサトルの後ろ姿をしばらく見たあと、レイは利き手でカップを持ち上げ、エスプレッソの苦みと牛乳の甘みを堪能した。

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