016「口コミ(前)」
――午後の演習の時間、隣に座っていたキラキラ系三人組の話を小耳に挟み、何とかソーレという店名でティラミスが人気だという情報を基に、スマホの検索エンジンの力を借りて、普段は足を運ばないエリアまでやってきた、のだけれど。
「申し訳ございませんが、名前に漢数字が入っているかたは、ご入店をお断りしております」
白いパイピングが施された黒いコックコートに真っ赤なギャルソンエプロンを締めたサトルは、煉瓦と漆喰で出来たメルヘンチックな店の前に立ち、「ピッツァとドルチェの店ジラソーレ」と書かれた立て看板を盾にして、レイの行く手を阻んでいる。
「いけしゃあしゃあと、嘘を吐くな。どこにも、そんなことは書いて無いじゃない。だいたい、その条件なら、あんただって該当するでしょう?」
レイは、サトルに向かって、立て看板を指さしながら、噛みつくように抗議した。すると、店の奥からサトルと同じデザインのコートとエプロンを着て、某ゲームの配管工のように口髭を蓄えた四十代後半くらいに見える男が現れ、二人のあいだに割って入りつつ、柔和な表情で豪快に腹を揺すって笑いながら言った。
「どうしたです、サトル。店の前で美女と痴話喧嘩するのとは、君も、隅に置けないのですね。ワッハッハ」
男にバシバシと背中を叩かれたサトルは、つんのめりながら振り返り、レイを指さして反論する。
「ニコライさん。勘違いしてるようだけど、こいつは、そういう関係の奴じゃないから」
――失礼ね。そこまで顔を真っ赤にして否定すること無いんじゃないの? ニコライとかいうコックさんだって、本気で言ってる訳じゃないんだし、円滑に大家業務を進めるためにも、少しは仲良くしたいとは思っているのよ、私。傷つくわ。
「ちょっと、二葉くん。こいつとは何よ。私は、お客で来たのよ?」
――まさか、二葉くんのバイト先がここだとは、予想だにしなかったけどね。
「だったら、ニコライさんに相手してもらえ。俺は、厨房に戻るから」
そう言い捨てると、サトルは店の裏手へと回り、姿を消す。男は、しばらくその後ろ姿を困った顔で眺めていたが、やがてレイのほうを向き、カウベルの付いたかまぼこ型のドアを押し開き、指を揃えた片手で優雅に店内を指し示しながら、ウインクをして言う。
「せっかく、お店に来るのですから、ゆっくりすることを勧めるのです。大丈夫。サトルは、照れるだけなのです」
――オオ、グラッチェ。エスコートされるのはありがたいけど、そういう気遣いに慣れてないから、戸惑いが半端ない。
レイが、引き攣り気味の笑顔を返しながらギクシャクと店内に入ると、男は後ろ手でそっとドアを閉めながら言う。そう広くない店内には、レイの他にも何人かの客がいて、一人黙々と文庫を読みながらコーヒーを飲んだり、数人で他愛もない会話を交わしたりと、めいめい、周囲の迷惑にならない範囲で気ままに振舞っている。
「空いてるの席なら、どこに座っても自由です。迷うなら、あの窓の席をオススメするです」
そう言われて男にアイコンタクトされたレイは、戸惑いを隠せない様子で会釈を返し、アンティークなステンドグラスから漏れる光で、七色に照らされたテーブルがある席に向かい、腰を下ろす。
――それにしてたって、どうして二葉くんは、ここでアルバイトしようと思ったんだろう? ティラミスを食べたら、こっそりニコライさんに聞いてみようっと。





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