015「白衣の塔」
※本文の最後に、成宮りん様よりいただいた挿絵を掲載しています。
――西洋史のザビエル先生による「海賊とフロンティア精神」という講義が終わったあと、私は、思わぬ人物に出合った。
「すみません、ご馳走になってしまって」
レジ袋から買った商品を出しつつ、レイが申し訳なさそうに言いながらと、シゲルは、持ってきた椅子に腰を下ろしながら、にこやかに言う。
「いいんだよ、四宮さん。僕の給与の一部は、君たち女子大生の学費から発生したものだから。少しは還元しなくては」
時は、昼休み。場所は、ひのき台にある女子大学のキャンパス、の一角にあるコンビニ。学生向けに広めに設けられたイートインコーナーで、レイとシゲルは、二人掛けのテーブルを挟んで向かい合わせに座っている。そしてテーブルの上には、ハムと卵とレタスのサンドイッチとツナたっぷりのロールパン、三種ベリーのスムージー、それから、ざる蕎麦とペットボトル入りの烏龍茶が並んでいる。
「そちらは、彩り鮮やかだね。さしずめ、華の女子大生といったところかな」
ぎこちない手つきで、ビニール包装やセロファンテープを剥がしたり、薬味や麺汁を開封したりしつつ、シゲルがしみじみと言うと、レイは、カップの蓋にストローを刺したり、袋口を開けたりしながら、興味深そうに言う。
「一橋さんは、お昼、それだけで足りるんですか?」
「少し物足りない気もするけど、一度に食べすぎると、すぐに眠くなってしまうから。僕も、歳を取ったものだよ。ハハハ。――いただきます」
シゲルは、乾いた笑いを一つすると、割り箸を親指と人差し指の股に挟んで両手を合わせて言った。
――お父さんのメモや、会った時の話から推測して、まだ四十歳を過ぎたばかりのはずなのに、なんとも年寄り臭いことを言うわね。
レイも、食べる前にひとこと言ってからロールパンに噛り付き、モグモグと咀嚼してから言う。
「いただきます。……そういえば。今日は、どうして女子大学に来たんですか? 一橋さんは、こっちの先生じゃないですよね?」
レイが疑問を呈すると、シゲルは気まずげに眉根を寄せつつ、啜った蕎麦を飲み込んでから言う。
「うむ。いかにも、僕は共学のほうの教授だ。そうなのだが、実は、壱関くんと僕は、大学の学部時代からの友人でね。彼が今日、学会発表に行かねばならなくなったから、急遽、ピンチヒッターになったのだよ」
――話は、それだけじゃなさそうだけど、あんまり根掘り葉掘り訊くのは失礼かな。
「へえ、そうなんですね。なんだか、境遇が似てますね」
ニコッと無邪気に笑いながらレイが言うと、シゲルは、一瞬、虚を突かれたような顔をしてから、顎に片手を当て、そして烏龍茶を一口飲んでから言う。
「ほお。そういう見かたも、あるかもしれないね。無意識のうちに、僕は君に自分の立場を重ねていたから、今日、こうして少しでも労をねぎらおうと考えた、としても、何の違和感もない。う~ん、そうか」
――何とも、持って回った言いかたね。はっきり言い切らないところが、いかにも学者っぽい。というか、正真正銘、折り紙付きの学者か。頭の中で四六時中、小難しいことばかりを考えてるから、大学の先生はみんな、若いうちから髪が抜けたり白くなったりするんだろうな。
レイは、意味もなくプラスチック製の蕎麦猪口の中の薬味を割り箸でかき回しているシゲルの、白髪が目立つ前頭部を眺めつつ、ツーッとスムージーを吸い込んだ。





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