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014「宵闇の狂言」※マコト視点

――訪問販売員とて、いつも外回りしてばかりいるわけではない。時には社に戻り、デスクワークもこなさなければならない。

「ごめんなさいね。七尾くんまで手伝わせちゃって」

 ペンシルストライプの入った黒のレディーススーツを着た四十代前半と推定される女が、書類の束とパソコンのディスプレイを交互に眺めつつ猛烈なスピードでキーを叩きながら言った。その女の、慢性的な肩凝りに悩まされそうなほどの巨乳の谷間には、漆田というネームプレートが下がっている。

「いえいえ、お気になさらずに。悪いのは、主任である漆田(しちだ)先輩に全ての厄介事を押し付けて、自分だけのうのうと定時で帰った課長ですから」

 何かを企んでいそうな目つきをしながら、マコトは、どこか愉快そうに言うと、紙コップに入れられたコーヒーを一口含んで眠気を覚ましつつ、女と同じように、いつ終わるともわからないノルマ達成に向け、キーを叩き続ける。

「すぐには無理だろうけど、この埋め合わせは、近いうちに必ずするわ」

「とんでもない。主任が責任を感じる必要は、どこにもないではありませんか」

「だからって、残業を頼んで終わりにするだけじゃ、虫が良すぎるじゃない。それじゃあ、なんだか都合よく利用してるようで、私の気が収まらないのよ」

「そうですか。では、お気の済むように、何なりと」

 そう言うと、マコトは書類の束を一枚捲りつつ、パラパラと残りの枚数を確認し、次いで壁に掛けてあるアナログ時計の文字盤を見ると、一瞬、口をへの字に曲げて不快感を顕わにしたあとで、すぐに元通りに口角を上げて作業に戻りながら言う。

「しかし、今も申し上げた通り、諸悪の根源は、到底一人では捌き切れない仕事を引き受けて、あまつさえ、そのシワ寄せを部下に押し付けて帰るという暴君にあるのですから、本来ならば、彼に責任を負わせるのが筋ではありませんか?」

「理不尽なものなのよ、企業というものは。まったく。無能な上司を持つと、部下は苦労するわ。何で、あんな男が課長になれたのかしら?」

「茶坊主としては有能だから、ではないでしょうか? よく廊下やお手洗いで、金魚のフンのごとく、部長に引っ付いて歩いてるのを見かけますけど」

「虎の威を借りる狐ね。定時で帰ったのも、部長のアフターファイブに付き合うためかしら?」

「その可能性は、否定できませんね。多趣味なようですから、週末のゴルフ通いの他にも、色々と嗜まれてそうです」

「いい御身分ですこと。そのうち、キャディーに変装して、五番アイアンで撲殺してやろうかしら。一緒にどう?」

「おお、恐ろしや。くれぐれも、実行は想像の中だけに留めてくださいませ」

「あら。私の想像の中の課長なら、もう、とっくの昔に刺殺されてるわよ?」

――物騒なことを平然と言うところをみるに、かなり疲労が蓄積されているようだ。早いところ片付けなければ、血生臭い劇(グラン・ギニョール)が開幕してしまう。

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