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012「休憩室」※ユキ視点

「探しても見つからないというから、どこにあるかと思えば、自分のロッカーじゃないか。手間取らせやがっ、て」

――こいつの一生懸命は、額面通り受け取らないほうが得策だな。どこに目を付けてるんだか。

 イライラとしながら、ユキはスマホをオールインワンのポケットにしまうと、呆れたように溜め息を吐きながら言い、自分と同じデザインのオールインワンを着た二十代後半と思しき小柄な男の額を、軽くパチッと中指で弾く。男は、後ろに数歩よろめきつつ、片手で額をさすりながら、ヘラヘラと締まりのない顔で言う。

「アウ! すいません、姐さん。今朝は珍しく寒かったもので、上着を……オア!」

――何が「スマホが消えました」だよ。ジャンバーのポケットに入れっぱなしになってただけじゃないか。

 ユキは、男に再度デコピンを食らわせたあと、どすのきいた声で言う。

「私の名前は、五木だ。あんたと姉弟になった覚えはない」

 そう言いながら、ユキは作業着の胸元の布を指で軽く引っ張り、そこに縫い込まれた刺繍を見せつけるように示す。

「先輩が伍代(ごだい)になるか、俺が五木になれば、きょうだい以上の固い契りで……いえ、何でもないです。サーセン」

 男は、自分の胸元に縫い込まれた名前を見ながら小声でブツブツとつぶやいていたが、途中で顔を上げたとき、それをユキが耳聡く聞き取って睨んでいるのに気付き、上目遣いで顔色を窺いつつ、首を竦め、謝罪の言葉を口にしながら距離を置く。

――まったく、何を考えているのやら。周りが男ばかりだから、仕方ないのかねえ。それとも学が無い人間ばかりなのが、原因か?

「なまじ学があると、下の部屋の教授みたいに頭でっかちな人間になるけどな」

 ユキが無意識に口走ると、男は鳩が豆鉄砲を食ったようようなキョトンとした表情をして、ユキの顔を覗き込みながら言う。

「何の話っすか? ここの下に、部屋は無いっすよ」

――いけない。柄にもなく考え事なんかするんじゃなかった。用も済んだんだ。とっとと帰ろう。

「何でもない。スマホも見つかったことだから、帰るぞ」

「へ~い」

 ユキは、アルミ製のドアのノブを引き、廊下に出る。男は、そのあとにヒョコヒョコとついて行き、後ろ手でドアを閉めて追いかける。そして大股で歩くユキに追いつくと、男は並んで歩きながら愉快そうに言う。

「先輩。明日は給料日っすねえ」

――こいつが、こういうときは、たいてい私に無心したい場合なんだよな。両目が、わかりやすく円マークになってる。機先を制しておくか。

「金なら、貸さない」

「ぐっ。まだ、何も言ってないじゃないっすか」

「それじゃあ、聞くだけ聞いてやろうか。何を言うつもりだったんだ? 私の目を見て言ってみな」

 そう言うと、ユキは足を止め、男の顔を正面から睨むように見つめる。男は、胸の前で手を合わせ、人差し指同士を近付けたり遠ざけたりしつつ、蛇に睨まれた蛙のごとく、目を泳がせ、額に冷や汗を浮かべながら言う。

「いやあ、その、ですね。思ったより、懐の風通しが良すぎるものですから、食べる物が買えなくて。常備食も、昨日の晩に食べ切っちゃいましたから、冷蔵庫も戸棚も、驚きの白さを誇っている次第なんです、けど?」

――ああ、もう。そんな、捨てられた仔犬みたいな憐れみを誘う目で見るな。

「……牛丼屋でいいな?」

 苦虫を嚙み潰したような顔でユキが承諾すると、男は深々と腰を曲げて敬礼をし、そしてパッと顔を輝かせて嬉しそうに言う。

「ヤッタ! アザース。やっぱ、先輩は優しいっすね」

――調子が良いんだから。甘やかすつもりは無かったんだけど、どうしてこうなったのかねえ。 

 アルミ製のドアを開け、廊下から社屋の外へと出ながら、ユキは、薄暗い空に向かって、答えの出ない問いかけを投げかけた。

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