~自由ということ~
学校に通い、友人達とたわいもない話で盛り上がり、将来の不安を感じつつも毎日を必死に生きていた。
彼女の事は、たまに思い出す程度だった。
親からは自転車通学を拒否され、電車通学の毎日。満員電車に押し込まれながら、名前も知らない人達と狭い空間を共にして今日の始まりを実感する。
駅を降りると改札口まで我先にと歩き出す人達。僕は人波が落ち着くまで駅の椅子に座ってやり過ごす。
こんな毎日だった。
人波も落ち着いてきて椅子から立ち上がると、向かいのホーム居る彼女が目に入った。
彼女はどこか窮屈そうな顔をして、次の電車に乗るための列にいた。彼女も彼女なりに必死なんだと思うと、少しだけ彼女の言っていた意味が分かる気がした。
改札を出て歩いていると後ろから走ってくる足音が聞こえた。
振り向くと彼女がいた。
彼女は息を切らしながら挨拶をした。「学校ってこの駅の近くなんだ」彼女は苦しそうにしながら僕に微笑む。
そんな彼女を見た僕は口から言葉が自然と漏れた。
「詩織さんは電車に乗らなくてよかったんですか?」僕は彼女の性格がいまいち理解出来ないけど、暗いことばかり考えている訳ではないと知って自然と心が軽くなった感じがした。
彼女はたまに電車に乗り、現実逃避のために何もない田舎に行き、心を開放するのだと教えてくれた。
その言葉に戸惑う僕に「ねぇ、サボっちゃおうよ」そういうと僕の手を引き、また改札口に走り出した。
いくつもの電車を乗り継ぎ、駅員さんがいない駅に着いた。無人駅というのだろう、僕には始めての経験で何もかもが新しく感じた。学校には公衆電話で風邪を引いたと嘘を付いた。嘘を付く罪悪感よりも、これから始まる期待の気持ちの高揚感の方が大きかった。
彼女は公衆電話で電話をしている僕に「もしかして携帯電話ないの?」と少し驚いてた。そして、「だから電話こなかったのか」と言っていた。
駅を降り、二時間に一本のバスに乗る。小さなバスの中から見る景色は、草原だらけで僕を感動させてくれた。バスを降りると草木の匂いと優しい風に向かい入れられた気分だった。
小さな山を登ると、町が一望できた。
彼女は芝生の上に仰向けになり、両手を広げ深呼吸する。
僕も見よう見まねで横になる。
彼女は、そのまま顔をだけをこちらに向けると優しく微笑みまた空を見上げていた。
何時間こうしていたのだろうか。心から自由な感じがして、こんな気分になることは生まれて初めてだ。
太陽の光が暖かく、そよ風が微かに冷たくて僕の全身が地球に包まれている、そんな感じだった。
僕はいつの間にか小さな眠りについていた。
どれくらい眠っていたのだろうか。太陽は少し傾いていて、彼女の姿がそこにはなかった。
「起きた?」僕が後ろを振り向くと、彼女はカバンからお弁当箱を取り出し、中に入っているサンドイッチを僕に差し出す。
「お腹空いたから食べよ」そういうと彼女はニコニコしながら僕の横に座る。
「僕…詩織さんの言っていたこと分かった気がします。心の開放と言うか、横になっている時間、何も考えずに自由な気持ちでした」
彼女は、僕の言葉に少し微笑み「けど、君はもうここに来ちゃダメだよ。学生の本分は学業にありだからね」と言った。
景色と空気が素晴らしかった。
僕達は地元の駅で別れた。お互いに人生を頑張る約束をして。