~心の変化~
面会待合室でコーヒー牛乳を飲みながら、雑誌を読む。ベッドで横になることが苦痛で、この時間が唯一の楽しみだ。僕がコーヒー牛乳を飲み終えて戻ろうとしたら彼女がキョロキョロと辺りを伺っていた。そして僕に気付くと近寄ってきた。
「あのさ、君名前は?」彼女はどこか恥ずかしそうだ。
「豊ですけど…。」彼女は少し微笑むと「私は詩織。あのさ、またここに来る?」僕はうなずくと彼女は戻っていった。
病室で1人、風景越しに彼女の事を少しずつ考えるようになっていた。
彼女は自殺を考えるほど何に追い立てられていたのか。
まだ15歳の僕にとって、それは全く理解し難いことだった。
夜も更けていき、また中々寝付けない深夜が訪れた。今日はサイレンの音も聞こえず、虫たちの鳴き声が耳障りなほどにうるさく感じた。
廊下からは、看護師さんであろう、人の歩く足音が聞こえる。
その足音は僕の病室の前で止み、こちらに近づいてくるのが分かった。
そっと僕のベッドの仕切りのカーテンが開く。そこには辺りを見回しながら警戒している彼女がいた。
「起きてた?」そう言うと彼女は僕のベッドの横にあるパイプ椅子に腰を掛けた。
驚いている僕の顔を見て彼女は少しだけ微笑んだ。
「ごめんね、明日の午前中に退院するからさ、君に言っておこうかなって思ってね…」彼女は長い髪を耳にかけると寂しそうな顔をしている。
「私ね、生きてても面白くないの。高校卒業して、就職しても何のために生きているか分からなくて、会社からはお荷物扱いされて、仕事辞めてからは自殺未遂ばかりで…」僕は返答に困っている。彼女は、そんなことはお構いなしに続ける。
「なんか愚痴みたいになっちゃってゴメンね。でもさ、もし君が自殺を考えることがあった時に、これだけは覚えておいて。自殺なんて本当に意思の強い人しか出来ないし、私みたいな人間になっちゃうから止めた方がいいって」彼女は立ち上がり、窓の景色を見る。
「私さ、君の言ってた生きる意味、嫌いじゃないよ。自分のために生きているんじゃないって考えれば、失敗や悲しいこと全てが、誰かに伝えるための経験だって思えるから。けど、私は弱いから無理なのかな」窓ガラス越しに映った彼女は少し泣いていた。
結局、僕は何も言えないまま朝を迎えていた。
彼女は、携帯番号の書いたメモ書きだけを残し退院していった。
それから何もない2週間が過ぎ、僕の長い入院生活は幕を閉じた。