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見立て殺人

作者: 頻子


 駆けつけた私は、部屋の惨状を見て思わず言葉を失う。

「ひどいな」

 警部が呟いた。

 私よりも死体を見慣れているはずの警部も、これほどのものは見たことがないようだった。

 私は探偵だ。

 探偵として殺人事件の解決に携わったことも一度や二度ではない。

 だからこういった事態にも慣れている、と、言いたいところではあるが、こんな死体を見るのは初めてだ。

 その死に方の異様なところは、何よりもまず姿勢だった。

 被害者は部屋の中央で180度、ぴったり折るように体を折り曲げて息絶えていた。声をかけようか、と逡巡する暇もないくらいに、それは命のある者の形ではなかった。

「祟りだ!」

 村の若者が、悲鳴にも似た叫び声をあげた。

「祟りだ……! 祟りなんだ……!」

「よさんか!」

 村長がそれを一喝すると、若者ははっとした表情になった。

「待った、待った、現場を荒らすんじゃあない」

「部外者に何が……」

 遮る長老に、警部がゆっくりとポケットから警察手帳を出した。

「警察です。これは殺人事件。ここからは、私が現場を預かります」


***


「死因は失血によるショック死。凶器は、頭部に刺さったアイスピック。死亡推定時刻は、昨晩の9時から今朝までってところか」

 警部はメモをとって、手帳をボールペンの背でトントンと叩いた。

「分からないのは、どうしてこんな死に方をしていたのか、だ」

「それなんですが、警部」

「心当たりが?」

「心当たり、というほどでもないのですが……」

 凶器のアイスピックと聞いて、思い浮かんだことがある。

 昨晩、酒宴で聞いた民謡の一節だ。

 酒に酔っぱらってはしゃいでいた夜には、よもやこんなことが起こるとは思ってもいなかったのであるが……。

「どういう歌詞だ?」

「ええっとですね……正確には覚えていませんが……」

「おい、そこの。わかるか?」

 警部は部屋の隅っこでもじもじとしていた若者を呼び止めた。

「ええっと、では一曲……」

 村の若者が、恥ずかしそうにウクレレを構える。


”祈りの声はもう聞こえない

WoW WoW 扉は閉ざされた

文明の利器に頼り過ぎた 僕ら

距離が近いようで、遠い”


「ずいぶんナウですな」

 もうずいぶんナウではない警部が言った。

「それで、この唄? が、事件と何か関係があるのか?」

「文明の利器……ってところが引っかかっていまして」

「というと?」

「携帯電話ではないかと思うんですよ」

「携帯電話?」警部はずいぶん疑わしそうだった。「うーん、そうか?」

「今どき、スマートフォンでもない、旧式ですね。まあ、スマートフォンを表現しろっていっても難しい」

「お前、二つ折り以前の携帯を知らないんだろうな……」

「それに見てください、『扉は閉ざされた』とありますが、たしか、被害者の死んでいた部屋の扉には鍵がかかっていました」

「ということは、見立て殺人、ってことになるのか?」

 警部はまだ納得がいかないようだった。

「見立て殺人……!」

「やけに嬉しそうだな」

「いやっ、まさか」

「『距離が近いようで、遠い』というのは?」

「被害者の本棚にありました」

 私は懐から、『海底二万浬マイル』を取り出した。ジュール・ヴェルヌのSF小説だ。

「……」

「……」

「さすがに杞憂でしょう。様子を見ましょう」

 やはり苦しかったか。私はそそくさと名作小説をしまった。


***


”午前4時、

僕ら鳥になって 君のところに行くよ

燃え盛る恋の炎

全てを浄化する yeah”


「以上です」

 じゃん、とウクレレが鳴った。いちいち歌わないといけないのか、と突っ込むものはいなかった。

 なんたって殺人事件なのだ。


 殺人事件はあれでは収束しなかった。

 通算で二件目となる、今度の事件は、なかなかに凄絶だった。

 被害者は、地面に描かれた絵の上に放置されていた。ナスカの地上絵のような奇妙な図柄……まるで、鳥に啄まれるような形だった。


「こうきましたか……」

 さらに、辺りには被害者のものしか足跡がなかった。それは、この素晴らしい地上絵に比べれば細やかな問題である。

「焼死を警戒し過ぎて後手に回りましたね」

 どぉん、どぉんと、頭上では花火が上がっていた。勝利でも誇示するかのように、犯人が打ち上げたものだろう。「燃え盛る炎が浄化する」とあったから、せいぜい死体が燃えているくらいだとは思ったのだが。

 綺麗な花火を見て、心が浄化される……とまではさすがにいかないが。

「どんどん高度になっていってるな……」

「まさか、こんなに大がかりな仕掛けで死ぬとは……迂闊でした」

「次はどんなんなんだろうな?」

 不適切だったことに気が付いて、警部は言い直した。

「これだけ後先考えず大胆な仕掛けを弄しているんだから、証拠には事欠くまい」

 花火だけではない。砂絵の方も、なかなかに見事である。まるで、小さな図面を拡大コピーしたような、きっちりとした線が描かれている。

 どうやら測量法と、火薬の扱いに長けているらしい。

「するってえと、この姿勢が『鳥になって』ってことになるのか?」

「そうかもしれませんね」

「しかし、犯人はどういった意図でこんなことをやったんだ?」

「それはわかりません」

「おい、次の歌詞はなんなんだ?」

 警部がぐいぐいとウクレレを押し付けながら言う。

「なんなんだ?」

「わ、わらべ歌は2番までしかないんですよ」

「ということは、これで打ち止めなのか」

「打ち止めかあ」

「打ち止めなのか……」

「お二人ともなんだか、残念そうですね」

 そんなことはない。仮にあったとしても、口には出さないのが大人のたしなみである。それじゃあ、さっそく推理でもするかと手帳を取り出し、現場から立ち去ろうとした時だった。

「ある」

「村長!?」

 不意に、村長の重苦しい声が私たちを呼び止めた。私と警部は、素早く村長を見た。

「3番目はある」

 村長の表情はこわばっている。

「失われた、3番目の唄……隠された歌詞――」

「ええっ」

「まさか、それは……」

「歌ってください、さあ」


 若者が村長にウクレレを渡した。一同はごくりと、つばを飲み込む。


”終末を告げる 遥かなるゴリラ

永遠の時の中で ドラミングが響き渡る

大量の鮭が 滝を登るとき

救いは LaLaLa 救いは訪れるだろう”


 辺りはしんとしていた。

 口火を切ったのは私だった。

「もう少しばかり……確信を得るには調査が必要です」

 私はつとめて真顔を作りながら言った。


2017/8/12

文字書きさんチャットにより、お題は『山』でした(山の日)。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 一々ウクレレで歌われる民謡や、歌詞に入ってるWoWろかLaとかに笑いました。
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