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第二の父

 千春の言葉に気づかないゆりかは再びハンバーグを口に入れて渋い顔をする。

「あー、美味しいはずなのになぁ〜……」

そう口にした瞬間、下を向いていたゆりかの上に影が落ちてきて視界が暗くなる。

「大好きなハンバーグを食べてるのに、ひどい顔だね」

頭の上から降ってきた聞き慣れた声に、ゆりかが顔を上げると、そこには怪訝な顔をしながら、ゆりかと同じ日替わり定食をお盆に持った兄がいた。

そのすぐ横には同じくうどんを盆に乗せて持っている宗一郎の姿が。


 ゆりかは久々に見た宗一郎の姿に驚き、立ち上がると、兄の横に立つ宗一郎が「久しぶり」と、相変わらずの爽やかな笑みを浮かべた。


 宗一郎とはあのキス以来、連絡こそ何回かしたものの、会うのは初めてだった。

入学して真っ先に宗一郎のことが気になったが、あの出来事を思い出すと、なんだか恥ずかしくて自分から会いに行くこともできなかった。


 しかし、今の宗一郎のやたら爽やかな笑顔を見て、ゆりかは自分が少し意識し過ぎたのかと思うと、入学して1週間会いに行かなかったのが馬鹿らしくなる。


 人生経験が多い割にキスくらいでドギマギするなんて、どうかしてたわ。

前の人生だったら、キスどころかそれ以上も経験あるのに。

どんだけピュアか!!


 一人で脳内ツッコミをしていると、先に千春が口を開いて挨拶をする。

「高円寺先輩、江間先輩、こんにちは」

それにハッとしたゆりかも、心の中に平静を呼び戻す。


「ごきげんよう。

宗一郎先輩、ようやく一緒の学校になりましたね」

いつも学園の生徒たちに向ける余所行きの大輪の花を咲かせたような笑みをたたえる……が、それに対し宗一郎は一瞬目をパチクリさせた。

「ゆりかちゃん、どうしたの?その口調」

ゆりかの口調に宗一郎がびっくりしているのが、見てとれる。

その反応に対し、ゆりかの方も笑顔のまま固まってしまった。

「……」


 どうやら地の自分を見せ過ぎてしまったのか。

近ごろすっかり身に付いたはずの他所行きの所作が宗一郎には通じない。

ここ最近にも同じようなことがあった。

身近な人物達が皆揃って自分に対して妙な物を見てしまったような目を向けたのは記憶に新しい。


 一言言っておく。

私は令嬢なのだ。

経済界に名を連ねる高円寺家のご令嬢のはずなのだ。

その令嬢にみんな何を求めているのさ。

はふん。


 「中学生にもなったし、少しお行儀良くしようと思って。それに今は学校ですから」

ゆりかが口元に手をあて「うふふ」と笑うと、ポカンとしていた宗一郎が「そっか」と納得したような顔をする。

「この学校はお嬢様お坊ちゃまが多いもんね。

でも俺は、お行儀良くしなくても、自然体なゆりかちゃんが好きだよ」

恥じらいもなく爽やかな笑顔で言われた言葉にゆりかの顔がポン!と音を立てるかのように赤くなる。

恐らく宗一郎は何も考えていないのか、ニコニコしている。


 や、やだ!

自分でも顔が熱くなるのがわかる。

意識しすぎでしょ、私!


 宗一郎の方から顔を逸らし、横を向けば、じっとりと自分を見つめる兄に気づいてしまった。


 その目は何んだ、兄よ。


 「お兄様?」

宗一郎に言われた言葉に赤面するという、変な場面を見られたことにより、気まずいゆりかは兄が何を言いたいのか探るように兄に問い掛ける。

すると兄が先ほどのじっとりした視線のまま、不満げな声を漏らした。


 「……なんだかゆりかは色々楽しそうだね。毎日毎日」

「……」


 最近やたら色気を振りまいている貴方に言われたくないというのが本音だが、実際に情事の現場を捕らえたわけでもないので、今は黙っておこう。


 しかし毎日毎日とは昨日のリビングでのことを言っているのか?

悠希君とのこと?

なにもないのに?


 宗一郎に赤面したこともまた事実なので、ゆりかは黙り込む。

自分例外ならぬ兄も若干思い込みも激しそうだが、勘も良い兄は気づいてしまったかもしれない。

ゆりかが宗一郎に淡い気持ちをいただいてしまったことを。

ゆりかはまるで蛇に睨まれた蛙のような気分がして、引きつった笑いを見せが、兄は頑として冷たい視線を投げかける。

その顔にはさも『面白くない』と書いてある。


 兄とゆりかの間に流れる妙な空気に宗一郎が二人の顔をチラリと覗きこみ、気を遣うように、今いる場所から少し離れた席を指差し、「高円寺先輩、あの辺り空いてますよ。あそこに座りますか?」と兄に声を掛けた。

すると兄は宗一郎の問い掛けに、何事もなかったかのように、いつも通りの空気を纏わせ、チラリと視線をゆりかの方に這わせる。

「いや、せっかくだから……」

その視線はすぐにゆりかから外され、また別の人物に向けられた。

そして視線の先に捕らえた人物にニコリと微笑む。

その笑顔たるや、まるで母とゆりかにそっくりで、ゆりかは思わずあんぐりと口を開けてしまった。

血は争えないとはこのことだ。

兄も花が綻ぶような微笑みを持っていたとは。

いや、こうゆう使い方をするとは、別名「人たらしな微笑み」と言っても過言ではない。


 「僕たちもここのテーブルで一緒していいかな?」

兄の問い掛けにゆりかはギョッとするが、そんなゆりかの様子なんぞ完全無視をした兄は「千春さん、隣いい?」と名指しでその人物に確認をとる。

席は四人掛けのテーブル席にをゆりかと千春で占拠していたのだから、あと二人くらいであれば、なんの問題もなく座れる。


 千春は、文化祭のときに執事コス姿の兄と会ったのが初対面だったのに、あのとき以来、兄のにわかファンだ。

そのため、兄からの提案に、嬉しそうにあっさりと「どうぞどうぞ」と兄に隣の席を譲ってしまった。


 日ごろから悠希と貴也という美形を見慣れていているはずの千春さえも、簡単に陥落してしまうとは、恐ろしい……。


 兄が席に腰を掛ければ、兄と一緒にいた宗一郎もゆりかの隣の空いてる席に「いい?」ときいてくる。

もちろん、宗一郎を断る理由は何もないので、「はい」とゆりかはうなづいたが、その胸中は兄の先程の面白くないという無言の圧力により、若干複雑だった。


 「ところでお兄様と宗一郎先輩はどうしてここに一緒に?」

 兄は高等部の生徒会長であり、中高に総代表、宗一郎は中等部に副会長で一緒に生徒会の仕事をしているから、二人は関わりはあるだろう。

しかし、この二人の組み合わせは、ゆりかにとって見慣れない不思議な組み合わせに感じられた。


 しかもあまり高等部と中等部生の組み合わせで食事をしている人は少ない。

高等部の制服と中等部の制服は色が違く、高等部が濃紺色の学ラン、セーラーなら、中等部は深緑色の学ラン、セーラー。

兄が目立つ容姿をしているのもあるが、紺色と深緑の制服の二人が並ぶと目立っている。


 「ちょっと生徒会の仕事の確認に先輩に会いに行ったら、先輩が昼ご飯をおごってくれたんだ」

食事を食べはじめた宗一郎が箸をとめ、嬉しいそうに言う。

「彼が今期から生徒会執行部に入ってくれたから、一度ゆっくり話したいと思ってね」


 ほぉ。そうかそうか。

お兄様は先輩風を吹かせているのか。

宗一郎君、学食くらいならいくらでも奢ってもらうといい。

私同様、兄の財布からもお金は溢れでてくるから。


 「それにゆりかとも仲が良いみたいだから、色々話を聞きたくてね」


 ぶほっ!!

ゆりかは思わず口に入れたものを吹き出しそうになるが、すんでのところで留まる。


 危ない。

危うく吹き出すかと思った。

レディとして危ないとこだったわ。


 ゆりかは膝の上に引いていたナプキンを口にあて、引きつる口元を軽く隠す。

「えっと……例えば何を聞いたのかしら?」

「二人がどこで知り合ったのかとか、彼から見てゆりかはどんな子なのかとか」

兄はにこやかにかつ優雅にナイフとフォークを使って、本日の日替わり定食A5ランク黒毛和牛ハンバーグを口に運んでいく。

ゆりかはせっかく保健室で薬をもらって引いたはずの頭痛が軽くぶり返した気がし、こめかみを押さえた。


 貴方は第二の父か。


 すると宗一郎が横で「図書館であったことと、可愛らしい子だって話をしたんだよ」とニコリと笑う。

ということは当たり障りなく話してくれたんだろうか。

宗一郎の言葉に少しほっとしながら、あまり余計なことを言うと墓穴を掘りそうなので、ゆりかはそれ以上この話については話さないようにしようと心に決めた。

だが、その時、「まあ、今日見ただけで大体わかったけどね」と兄が意味深に呟いた。

その表情は特に読み取れない。

特に呆れたようでもなく、怒ってもいなく、ただただ無表情。


 「お、お兄様、それってどういうことですか?」

意味が分からず、兄に尋ねるが、兄は澄ました顔をして食事を終え、そしてデザートのプリンを手に取ると、それをゆりかに渡してきた。

「ゆりか、これあげる」

「え?私はもう同じものを食べましたよ」

「じゃ、もしよければ千春ちゃんどうぞ」

今度は余所行き面で優しく笑う兄に、先程の無表情とは到底無縁に見えた。

千春はそんな彼から「いいんですか?!」と、嬉しそうにプリンを受け取る。


 やはり人たらしたしな笑みなのだ。


 プリンの受取手を見つけると、兄がすっと立ち上がった。

「実は僕はまた別のところに行かなきゃいけなくてね」

「ああ、同好会の件ですか?」

宗一郎が思い出すかのように口を開く。

「そうそう、レクリエーション同好会の顧問を貴也君と打診しに行くんだ」

「だれのところですか?」

「英語の白井先生」

「白井先生って高等部でしたよね?どの先生だろ。あまり記憶にないや」

宗一郎が口に手をあて、考え込む。

「ああ、今年から赴任した先生だから、わからないだろうね。あの先生、さっきも探したけど、職員室も英語科準備室にも見当たらないんだよ。

この忙しいのに、捕まらなかったら、また夕方に持ち越しだ」

兄はブツブツと呟いた。


 それはそれはご苦労なことだ……。

どうやら貴也がゆりかと悠希のために考えた同好会が色々なところに広がりを見せているようで、個人的なことだったのが多くの人を巻き込んだ活動になっている。

それが少し申し訳ない気もするのだが、この同好会はゆりかが作りたくて作った訳でもない。

むしろ巻き込まれた感が満載の活動である。

ここは流れに身を任せみようかと、食後のお茶をゆりかは呑気にずずずっとすすった。


 「あれ?ってことはお兄様、もしその用事を夕方に持ち越したら……」

「ああ、そしたらジョギングはなしになるかもしれない。

約束したのに、ごめんね」

兄は残念そうにはあっとため息を吐く。

その隣でゆりかはニンマリと笑う。


 先生、是非見つからないでください。

〇真島先生ターンならず!すみませんでした。


〇人物紹介イラストを少し差し替えました。


〇活動報告ではハロウィンイラスト☺&大好きなMick様に描いていただいた貴也をアップしています。

リアルデビル貴也がいますよ~!

Mick様からの貴也はセクシーチラリしてます(笑)


ではではまた次回ー!



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