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貴也の企み

 あの後、父が部屋から出ていくとゆりかはすぐにベッドに潜り込んだ。

頭の中にこびりついた真島の言葉。

その言葉が正体のよくわからない黒いドロドロした感情を連れてきて、ゆりかの心を支配していこうとする。


 今はただ全てを忘れてしまいたい一心で、キツくキツく目を瞑る。


 眠れない……。


 心底そう思ったはずなに、ものの数分後、ジョギングで疲れた身体は、ゆりかの意識を深い眠りの世界へあっさりと連れていった。


 ……ぐぅ。


 朝起きて、ゆりかはスマホに貴也からの着信があったことに気付く。

そしてまだあの問題が引き続いていることを思い出した。

そう、()()同好会問題だ!!


※※※※※


 「痛い……」


 下駄箱で靴を履き替えながら、ゆりかは鈍く痛む頭を手で押さえる。

昨夜の頭痛がまだ尾が引いているのか。


 頭痛薬を飲んでくればよかった。

あとで保健室で薬をもらおう。


 深くため息をつき、屈めていた身体を起こすと、反対側の端の下駄箱の前にいる人物が、ゆりかの視界に入った。


 優雅な身のこなしで、上履きを取り出し、履いてきた革靴を下駄箱に入れている。

何気ない動作なのにやたら美しい。

ゆりかの射るような鋭い視線に気づいたのか、その人物は顔をあげると、さわやかに天使さながらの笑みを見せた。


 「ゆりかさん、おはよう」

あまりに破壊力のある眩しさの笑顔に、ゆりかは一瞬、言葉を失う。


 ……はぅ!眩しい!

……じゃなかった!!


 必死に動揺を隠しながら、ゆりかもまた令嬢然とした態度でその人物に挨拶を試みる。

「ごきげんよう、貴也君」


 若干声に動揺が出たが、挨拶をするその様は優雅で、周りにいた人間はほうっと見惚れていた。

天使のような美少年と花のような麗しの令嬢が微笑みあっている。

その様はなんともキラキラして見えたが、当の本人たちにはそう穏やかなものではなかった。

物言いた気な目をしたゆりかに対して、貴也は楽しそうな目をし、互いに笑顔で睨み合っているのだ。


 「固まって、どうしたんだ?」

頭の後ろから声が降ってくるのと同時に、コツンと頭を拳で軽く小突かれる。

ゆりかが振り返ると悠希が立っていた。

「あ、ごきげんよう、悠希君」

「ああ、おはよう」

悠希が笑顔で返すが、悠希の姿を見てすぐにゆりかの顔が曇る。

松葉づえをついているわけでもなく、見た目は至って普通なのだが、一歩進むだけでもひょこりと足を引きずっているのがすぐにわかったからだ。

それを見たゆりかは改めて申し訳ない気持ちになった。


 「……足、大丈夫ですか?」

「ああ、うちの主治医にも見てもらったけど、そんなひどい怪我じゃない。

一応今日の放課後病院でレントゲンを撮ってもらう予定ではいるけどな」

「この怪我、ゆりかさんを庇ってなんだって?

ジョギングで大層なことになっちゃったね」

貴也が悠希の肩越しから悠希の足をのぞき込む。


 するとそんな貴也をゆりかがギロリと睨んだ。

「そのジョギングのことで話したいことがあるんですけど」

いつにないゆりかの態度に、一瞬貴也は「おっ」と小さく声を上げ身を後ろに反らせたが、「今日は珍しく機嫌が悪いね」と面白そうにクスクス笑う。

楽しそうな貴也にすべて見透かされて、掌で転がされていると感じた、ゆりかは不機嫌この上ない。


 「お兄様から聞いたけど、同好会ってどうゆうことですか?」

「さっそく聞いたんだね。

ゆりかさんが部活に入りたそうだったから、仲間内のメンバーで同好会を設立しちゃったんだ」

「勝手にメンバーに入れないでください!

それに別に私、仲間内で同好会やりたかったわけじゃないのよ。

今更、仲間内でしかもジョギングって……」


 好きでもないジョギングを……ジョギングのための同好会って……。

想像しただけで、うんざりしてしまう。


 「生徒会に話を付けたら、江間先輩も加入することになったし、高等部も合同の同好会になる予定だから、仲間内だけじゃなくなりそうだけどね」

「江間先輩も?」

今度は、宗一郎の名前を聞いた悠希が明らかに怪訝そうな顔をする。

「宗一郎君はサッカー部だけでも大変なのに。

そんなに運動好きなんて、すごいわね」

サッカーだけじゃなくて、ジョギングもしたいなんて、信じられない!とばかりにゆりかもまた妙な顔をしていると、貴也が笑顔でさらりと毒を吐いた。

「まあ、色んな意味で彼も物好きだよね」


 え?それってどうゆう意味かしら?

ただ単に宗一郎君が運動が好きだからなのか、それともゆりかに好意を持ってるからって言いたいのか。

後者だとしたら、失礼極まりないし、許婚でゆりかに好意を寄せてくれている悠希も同じではないか。

ゆりかが再びキッと睨みつけたが、笑顔のままの貴也はゆりかからスゥーっと視線を外し、華麗にスルーする。


 「隼人さんも加入を検討しているみたいだよ。

高三だから今更どうしようかって話してた」

「お兄様も?じゃあ、みんなでジョギングするの?」

「ジョギングのときはそうなるな」

「でも悠希のその足じゃ、しばらく無理だよね」

ゆりかがハッと昨日の兄との会話を思い出す。

「お兄様が昨日、これからはお兄様が一緒に走るってやる気満々だったわ」

「隼人さんが?じゃあ、もう加入はほぼほぼ決まりかな。

でも、悠希の足が治るまでは、違うリクリエーションにした方がいいね。

そうだなー……例えば土日にBBQとか?」


 「え?!ジョギング同好会なのに?!」

貴也の言葉に一瞬ゆりかが大きな目をさらに大きくさせた。

今度は、ゆりかが声に貴也と悠希の動きがピタリと止まる。


 「は?……ジョギング……同好会……?」

悠希が不思議そうに呟く。

「………………」

その隣で無言の貴也の肩が小刻みに震えてるのが、ゆりかの眼に映った。

その光景にゆりかは首を傾ける。

「……え?……違うの?」

思わず出た声は少し上ずっていた。


 「おい、貴也、今朝俺に見せた申請用紙のコピーを出せ」

呆れたような悠希の声に、貴也がクスクス笑いながらカバンからなにか紙を取り出す。

「ゆりかさん、これ見て。

なんて書いてある?」


 貴也に見せられた紙に書かれた文字をゆりかが機械的に読み上げる。


 「リクリエーションドウコウカイ」


 ん?


 「リクリエーション同好会…?」


 ゆりかが確認するように再度読み上げると、悠希がゆりかの頭を再び小突く。

「そう、リクリエーション同好会。

みんなで楽しくリクリエーションして親睦を深める同好会だ。

ジョギング同好会じゃない」


 んん?


 「リクリエーションって……?」

貴也がクックッと喉を鳴らしながら、面白いものを見る目でゆりかを見ている。

そして笑いながら言った。


 「要はなんでもありな同好会だよ。

BBQでも登山でもテニスでもサッカーでもバスケでもやりたいことをやる。

もちろんジョギングもね」


 !!!!!!!!!!!!

ジョギング同好会じゃないのか!!


※※※※※


 「あははは」

昼休みの食堂に千春の大きな笑い声が響き渡り、周囲から注目を浴びる。

「しー!しー!千春さん!」

慌ててゆりかが人差し指を口元に当てると、千春もはっと口を抑えた。

「あ、ごめんなさい」


 周りの視線がなくなると、ゆりかはテーブル越しに向かいに座った千春の方に身を乗り出し、再び話し出す。

「朝は本当に恥ずかしかったのよ」

「朝来てから机に突っ伏して頭が痛いって言ってるからどうしたのかと思ったけど、そうゆうことがあったのね」


 悠希には呆れられ、貴也には散々笑われた後、ゆりかはひたすら机に頭を擦り付け、伏していた。


 人生50年以上の経験がありながら、なぜ確認もせずに思い込みだけで、ジョギング同好会なんて言葉を発してしまったのか。

なぜあの2人の前で言ってしまったのか、と考えると、恥ずかしくて岩屋に隠れたい気分だった。

クラスが違うため、違う教室に逃げ込めたのは幸いだ。


 ただでさえ、鈍い頭痛を感じていたのに、さらに頭が痛くなった気がし、授業中はまだしも、休み時間はひたすら突っ伏すしかなかった。


 「悠希君もお兄様もジョギングにこだわるから、ジョギングのことを考えすぎて、てっきりそうゆう同好会を作ったのかと思ったのよ」

「ゆりかさん、それは単純過ぎでしょ」

「ぐっ……」

千春の単純という言葉にゆりかも言葉を詰まらす。

自分でも確かに安直な考えだと思ってしまったから、余計になにも言えない。


 しかめっ面をながら、今日の日替わり定食のハンバーグを一口頬張る。

A5ランクの黒毛和牛を使ったビーフハンバーグ。

味は美味しいはず……なのに、気分次第でこんなにも味気なく、美味しさが半減してしまうものかと、ハンバーグを見ながら思わずフォークでツンツンとつついてしまう。


 あら、お行儀悪い。

……大好物のハンバーグなのにな〜。


 「しかも和田君がゆりかとジョギングしたがったからって、相馬君がわざわざジョギング同好会設立なんてさすがにないでしょ」

千春がはははーと笑う。


 ゆりかはその発言に、ピタリと動きを止め、綺麗にフォークとナイフをカチャリと皿の上に置いた。

そして真顔で千春の両肩に手を置いて、顔を凝視し、首を勢いよく振る。


 「いいえ、千春さん。

貴也君はやりかねないわよ!

悠希君がそれを望めば、それくらいはやってのける男よ!

さらに私が嫌がれば、それを面白がること間違いなし!」


 ゆりかの勢いに気圧された千春は言葉を失う。

一瞬あまりの勢いにキョトンとするも少し考えながら、「でもさ」と口にした。

「ゆりかさんが部活入りたいっていう意見と、和田君のゆりかさんを他の男子と仲良くさせたくないから部活に入れたくないって意見をまとめて、相馬君は内輪ばかりのメンバーで同好会を作ってくれてたんでしょ。

なんやかんやで優しいんじゃない?」

「優しい?」

目から鱗のような千春の発言に、ゆりかは思わずオウム返しをして小首を傾ける。

「うん、なんやかんやでいつもゆりかさんのこと助けてくれるし、今回のレクリエーション同好会もゆりかさんの希望を叶えてくれたんでしょ」


 ……確かに。

肝心な時に貴也君は助けてくれる。


 鼻血を出した時も、ルーブル美術館で迷子になったときも真っ先に助けてくれたのは貴也だった。

真島司との記憶を思い出して図書館で倒れた日も、乙女ゲームの悪役令嬢役だと気付いた日も、電話をしてきてくれた。

振り返ると助けられたことが何度もある。


 今回の件もゆりかが部活に入りたいと言ったのに対し、悠希が口出ししてきたのが、きっかけだ。

悠希が納得できるような部活じゃなければ、入れなかったかもしれない。

それを貴也が作ったのだ。


 「優しい……のかもしれないわね」


 貴也とのこれまでの思い出を振り返りながら、ゆりかがぽつりと呟くと、千春がうんうんと満足気に頷く。

千春の肩から手を離し、今度はゆりかが考え込む。

しかし、ゆりかの表情は一向晴れる気配がない。


 「……でも千春さん、無断で同好会に加入させちゃうような人を優しい人とは言わないわよ?」


 今回の件は無断で同好会に加入させられている。

これをもってしてどう彼を優しいと擁護できよう。

今回の件に限って正しく言えば、彼は勝手な人である。


 「ア、アレー?私には昨日、加入しても大丈夫かって確認の連絡きたよー?」

千春の目が泳いだ。

「どうせ私はそうゆう扱いなのよ」

ゆりかが頬を膨らませ不満を漏らす。


 「まあ、ゆりかさんは気心の知れた仲だから、連絡は後でも大丈夫と思ったのよ」

そう宥める千春の言葉に理解は示しつつも、どうにもすっきりと腑に落ちないゆりかは「……だといいんですけど」と拗ねたようなよう態度をとった。


 普段大人びているゆりかなのにたまに見せる年相応の表情。

仲の良い人間にだけに見せる特別な表情。


 そんなゆりかの表情を好ましく思いながら、千春はクスリと笑った。


 「ゆりかさんは、本当に自覚がないわね。

誰から見ても大切にされてるお姫様なのに」

一人大騒ぎした挙句のゆりかの勘違いでした。ちーん。

次は、真島先生ターン。

せっかく中学入学したのに、いつになったら、宗一郎が出てくるんだろうか……。



この作品を書き始めて1年経ちました!

ずっと読んでいただいている方、本当にありがとうございます!これからもまだまだ、ゆりかたちとお付き合いいただけると嬉しいです。


最近執筆中に米津さんのlemonとアイネクライネを聴くのがブーム。

lemonはゆりかと真島司、アイネクライネはゆりかと悠希を勝手に連想。

歌詞が素敵で、妄想が止まらない!


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