ストーカー?
「悠希君」
ゆりかが小走りで駆け寄る。
悠希はゆりかに気づくと、そのすぐ後ろの人物を見てあからさまに眉を顰めた。
「どうしてここに?」
「お前を迎えにきたんだよ」
「……ついてきたの?」
「貴也がお前が中学に行くって言ってたからな」
ゆりかが質問したはずなのに、悠希のその瞳はまっすぐ宗一郎を射抜く。
「こんにちは」
「江間先輩……」
悠希が苦々し気に挨拶をしてきた人物の名を呼ぶ。
宗一郎はそんな悠希に対し、ニコリと笑みを向けた。
その様子はコブラとマングースさながらだと、ゆりかは思った。
そんな中、ゆりかと宗一郎と一緒にいた狩野が二人の間に割りいる。
「悠希お坊ちゃま、お待たせしてすみませんでした」
悠希にペコリと頭を下げた。
「ああ、狩野、探しに行かせてすまなかった。
俺が行こうとしたのに……」
「いえ、お坊ちゃまにそんなことさせられませんから」
「ゆりかの位置情報さえ教えてくれれば、お前の手を煩わせなかったのに」
悠希の言葉にゆりかがピクリと反応する。
なに?!私の位置情報を悠希君に?!
「ちょっと、個人情報の流用はやめてちょうだい!」
「結局、教えてもらえなかったから、流用はしてない」
悠希の言葉に狩野も同調してうなずく。
「私は流していません」
「良かったな。狩野は信用ある使用人だ」
全く悪びれる様子なく、悠希が偉そうに腕組みをしながら狩野をほめる。
「……!!」
そうゆう問題じゃないわよ!
しかも悠希君が一番信用ならないのに!
思わず喉まで声が出かかったが、なんとかゆりかは思い留まる。
するとゆりかの心の声を代弁する声が聞こえた。
「……いやいや、そうゆう問題じゃないでしょ?
狩野さんからゆりかさんの位置情報聞きだそうとしたんでしょ?」
そう呆れ声を発したのは宗一郎だった。
その宗一郎を悠希がじっと見据える。
「俺はゆりかの許婚だ。
位置情報を聞いて何が悪い?」
悠希はさも当然とばかりの態度をする。
ゆりかはこうゆう悠希に弱いのだ。
強気に出られると、どうにも言い返せない。
「許婚だからってなんでも許されるわけじゃないと思うけどな。
後をつけて双眼鏡で監視してたり、位置情報を聞き出そうとしたり、ゆりかちゃんが不快に感じたらそれってストーカーだよ」
「ストーカー……?」
「そう、ストーカー」
「誰が?」
「誰って和田君に決まってるでしょ」
宗一郎が悠希に向かって言い放つと、悠希の動きがピタリと固まる。
今までゆりかが言えなかった言葉を、ついに宗一郎が悠希に投げかけてしまったのだ。
その反応にゆりかはゴクリと息を飲む。
しかし、しばらく固まっていた悠希の口から「はっ」と吐き捨てるかのような笑い声が漏れ、腕組みをしながら、口端に薄い笑みを浮かべていた。
「……俺はストーカー行為はしていない。
だろ、ゆりか?」
「え!ええ……?!」
突然の振りに反応できず、ゆりかの声が上ずる。
まさかストーカーだなんて言えるわけがない。
ましてや悠希自身はストーカー行為をしていたとは思っていない。
本当はストーカーみたいだと思っていたことも事実だが、相手は悠希だし、小さい頃からのよしみだ。
大して大事に思ったこともなかったのも事実だった。
ゆりかが困っていると、悠希にいきなりグイッと腕を引き寄せられる。
「ほら、ストーカー行為はしてないそうだ。
じゃあ、もう帰るからな」
「ちょ、ちょっと、悠希君!」
「和田君?!」
ゆりかの言葉も聞かず、悠希は半ば強引に引きずるようにゆりかの車のドアの前まで連れていくと、ドアを開けるやいなや、ゆりかを車に押し込んだ。
それを宗一郎も何事かと驚いたように目を見張っている。
「狩野、俺も乗ってくぞ」
そう狩野に声を掛けると悠希も車に乗り込んだ。
「は、はい」
いつもの事のように状況を見守っていた狩野も、慌てたように返事をし、宗一郎に「それでは失礼します」とペコリと頭を下げると、運転席に乗り込む。
「ちょっと、悠希君!挨拶もなしになんて……窓を開けて!」
「嫌だ」
ゆりかが隣にいる悠希に訴えるが、悠希は無表情で腕組みをしながら座っている。
「狩野、早く車を出せ」
「狩野、悠希君側の窓を開けなさい!」
宗一郎が立っているのは悠希が座っている側なのだ。
なんとしても開けさせなければ。
「えぇ?!二人からの命令は困ります!」
狩野が珍しく心底困ったような声をあげた。
「狩野!あなたの主人は私よ!」
ゆりかが声を大にして言うと、悠希の横の窓がウィーンと開かれる。
やった!
ゆりかは身体を悠希の方に寄せ、窓の外を見ると、複雑な表情で立つ宗一郎が見えた。
「宗一郎君、本を見つけてくれてありがとう!またね」
ゆりかが手を振ると宗一郎も振り返してくれる。
「うん、また……」
「狩野!車を出せ」
宗一郎の言葉を聞き終わる前に、悠希が先程より強い口調で再度狩野に命令すると、今度は車が動き出した。
「あ、ああ〜!」
ゆりかの声が車内に響き、苦々し気に運転席にいる狩野を睨んだ。
……狩野、あなたの主人は私なのよ?!
※※※※※
しんと静まり返った車内。
ゆりかは肘を付きながら不機嫌そうに窓の外を見つめていた。
またゆりかのとなりには目を瞑って腕組みをした悠希が座っている。
その二人の微妙な空気をヒシヒシと感じていた狩野は、ただただ二人に背中を向けながらミラー越しに見守るしかなかった。
先に口を開いたのは悠希だった。
「……ストーカー行為だと思うか?」
ゆりかが悠希の方を振り返ると、悠希はさっきまで閉じていた目を開き、じっと前を見据えていた。
さっきも思ったことだが、ゆりかは悠希をストーカーだと騒ぎ立てつもりもない。
だけど悠希の行動が行き過ぎだと思うことはしばしばある。
今日みたいに後をついてきた挙句、待ち伏せされて強引に連れて帰られるなんて、さすがのゆりかもたまったもんじゃない。
「……やり過ぎに思う時もあります」
素直に口にしたけだが、ゆりかの声は如何にも不機嫌そうで、悠希の表情が曇っていく。
「……俺は、ゆりかを不快にしてたのか?」
まだ幼いが整った悠希の顔。
その瞳に不安の色に満ちていくのがわかった。
ゆりかの胸がぎゅっと締め付けられる。
こんな顔はさせたくない。
頭の中のどこかで、母性本能がそう思わせたのか。
「悠希君……」
悠希の揺れる瞳に吸い込まれるように、ゆりかはじっと見つめた。
そして無意識に手が伸びて、悠希の頰に触れる。
すべすべして柔らかくて、心地が良い子供らしい肌。
不安気な表情の悠希にまるで母親のように優しく微笑みかける。
「大丈夫、私は不快に思ってないから」
その言葉に悠希の表情がみるみる間に柔らいでいくのが見てとれた。
ゆりかもその悠希の反応にホッと胸をなでおろす。
「よかった。
ゆりかにそんな風に思われてなくて」
悠希も安堵した様子で、気恥ずかしそうにはにかんだ笑みを浮かべていた。
そして頰にあてていたゆりかの手を取り、自分の手と優しくつなぎ直した。
「さっきはごめん。
でも、またゆりかの周りに江間先輩や他の男が現れたら、また同じようなことするかもしれない。
ゆりかは俺の許婚だ」
今度はさっきとは打って変わって澄んだ瞳を向けた悠希に見つめられたゆりかは、ハタと気付く。
……あれ?私、さっき何を言った?
もしやストーカー行為容認した?
え?え?した?
……無意識にしたかもしれない!!
ゆりかは無意識にした自分の行為に恐れおののきながら、硬直していると、目の前に座っていた狩野がちらりとミラーを覗き、大きな溜息を吐いていた。
その顔は呆れ果て何かを言いた気だった。




