お土産は同人誌
「和田様、お待ちになって」
お化け屋敷に行きたいと言った悠希に千鶴が話し掛けた。
「こちらをお土産に差し上げますわ」
千鶴の手から差し出されたのは、カラフルなイラストの同人誌だった。
ゆりかが思わず「あ!」と声をあげてしまう。
「どうかしたか?」
不思議そうな顔で悠希が見ている。
「……そ、その本をお土産に?」
ゆりかはごくりと息を飲む。
「お姉様、一般的な聖麗学院の生徒は漫画やラノベはあまり読まないかと思うから、差し上げるのはやめた方がいいかと……」
ほよ?!
千春さん、なんてアドバイスをするの?!
こんな機会は滅多にないのよ!
千鶴様の気が変わっては大変!
そう思ったら居ても立っても居られず、「い、いただきます!」と、本を掴んでいた。
「まあ、高円寺様、読んでくださるの?」
ゆりかがコクコク頷くと、千鶴は目をキラキラさせていた。
まるで仲間を見つけたかのような……。
「ゆりかさん、無理に付き合わなくてもいいのよ」
千春が申し訳なさそうに言うので、今度は首をブンブンと横に振る。
「無理はしてないわ。
せっかくだからいただきたいの!」
何度も言うがこんな機会は滅多にない。
是非いただきたい。
「僕も欲しいな。
漫画やライトノベルってなかなか読む機会ないからね」
貴也が割って入ってきた。
「そうでしょう、そうでしょう。
聖麗の良いお家の方々は大概そう言うのよね」
満足気に千鶴が言う。
聖麗学院に通う子女の家庭の中には漫画をあまり良しとしない家もある。
ゆりかの家もダメとも言わないが良しとも言わない。
人から借りたとか人から貰ったなら、話は別だが。
「じゃあ、俺と貴也とゆりかの分、三冊もらえるか?」
「えー!みんなもらって行くの?
じゃあ、私もください、お姉様」
「千春は有料よ」
「え!何それ!」
「本当は売っているものだもの」
「お姉様ー」
松原姉妹の楽し気な会話にクスクス笑っていると、千鶴の手にある本に目を奪われた。
ゆりかは悠希と繋いでいる手を離して、本に触れる。
『イケメン学園』
なんだこのコテコテネーミング。
イラストからしてイケメンがズラリ。
あれ?こんな雰囲気のイラスト見たことがある……。
前世で見たのかな?
でも知っているものとは何かが違うような……。
思い出そうとするが、また靄がかかったように、思い出せない。
気になる……。
「乙女ゲーム『イケメン学園』?」
「ひょぉ!」
悠希が背後から覗いてきたので、ゆりかはビクリとし、咄嗟に手を離した。
お、驚きすぎて、変な声が出たわ。
危うく素の自分が出かけるところだった。
「クスクス。ゆりかさん、ひょぉって。
どおしたの……」
可笑しそうに笑う貴也の顔が急に強張る。
「…これは……」
「それは今テレビCMでも流れている人気の乙女ゲームを元にした小説ですわ」
「テレビCMでも流れている人気の乙女ゲーム……?」
貴也が千鶴の言葉を繰り返す。
「ええ。エンディングを迎えてからの続きをさらに私が考えた小説です」
「この同人誌は千鶴様が書いた小説なんですか?」
「ええ!」
ゆりかの問いに千鶴が力強く頷いた。
「元のゲームは、ヒロインが高校入学してから、攻略対象のイケメン男子たちと知り合って、嫉妬によるいじめやら、家庭の事情で紆余曲折ありながらも最後はハッピーエンドっていう、王道ストーリーなんですの」
なんと!
私の知っている乙女ゲームと一緒ではないか。
まあ、王道ストーリーだからどこの世界にもこうゆうお話はあるのかな。
千鶴がさらに話を続ける。
「そこから先を私が書いたんですわ。
メイン攻略対象のイケメン御曹司との恋の先……あら?」
そう言いながら、千鶴が悠希と貴也を見た。
「まるでお2人のことみたい。
イケメン御曹司。
しかも背徳の恋……ふふ、ふふふ」
「お姉様、背徳の恋を書いたのね」
「そうみたいだな。
さっきの興奮はそこからか」
「ちなみに千鶴様はこのゲームもされてるのですよね?」
あまり聞かれたくはないので、ゆりかが言いにくそうに小声で言う。
前世以来ご無沙汰なぶりな乙女ゲームに興味がある。
「もちろん!
スマホで毎日やってますわ」
「そ、そうですか」
千鶴様の開きっぷりが眩しい!
正直羨ましい。
……私もやってみようかしら、『イケメン学園』
スマホもあるしね!
ふと周囲に目を向けると、悠希と千春が談笑していた。
そして貴也はーー
顎に手をあて、なにかを考え込むかのように、一点を見つめていた。
視線の先には千鶴の本。
――どうしたのだろう?
貴也の静かな表情に、何故か胸がざわつく。
嬉しいはずなのに。
妙な違和感が自分にまとわりつく。
ざわつく理由もわからず、妙な違和感と共に靄に包まれた記憶を、ゆりかは振り払おうとしていた。
その時、貴也と目が合った。
その目は何かを語っているのが見てとれるのに、ゆりかにはわからなかった。
いや、わからない振りをしたのかもしれない。
どうしたの?と言うかの様に小首を傾げてみる。
これ以上は前世の記憶で、不安を抱えたくないと思っていたから。
貴也はゆりかを見ると、全てを理解したかのように、無言のまま静かに目を伏せた。
ゆりかたちはひとしきり本について説明を聞くと、文芸部を出た。
千鶴が満面の笑みで見送ってくれている。
そして大きな声で一言。
「入学したら、是非文芸部へ!」
要検討とします!千鶴様!!




