貴也からの電話
夜、ゆりかの体調がすっかり良くなり、リビングのソファーでくつろいでいた。
ゆりかのお気に入りのハーブティーを母が入れてくれ、優雅な気分を堪能する。
母は料理はできないが、お茶を淹れるのは上手だ。
良家のお嬢様としての嗜みとして教え込まれたらしい。
料理も練習すればできるんじゃないかしら?
「すっかり元に戻ったみたいで良かったわ」
おいしそうにハーブティーを飲むゆりかの姿を見て母はにこにこと花がほころぶように笑う。
「やっぱりただの寝不足だったんだね」
そのそばで兄が呆れたような顔をしていた。
「隼人さんはゆりかちゃんのことが心配で、昨日は目が覚めるまでずっと付き添っていたのよ」
母が暴露すると兄はあわてたように、「母様!」と叫んだ。
ふふん。
お兄様ったら、散々心配してたくせにそうゆう態度をとるんだから。
「お兄様にもご迷惑をかけました。
これからは気をつけます」
ゆりかはぺこりを頭を垂れる。
「本当だよ。
あまり無理するものじゃないよ」
ゆりかの前に座っていた父が新聞を畳みながら、話に入ってきた。
「ほら、以前にも家で銀行の真島さんと話していた時、体調悪そうだったし。
貧血なんかだと体質だし、ちょくちょく気分悪くなるんだよ?」
「あの、今回のは寝不足です…」
ゆりかが言いなおすと、父は横に首を振る。
「寝不足でも貧血でも大したことないと思ってると、無理して大変なことになるんだからね。
その辺でひっくり返って、流血事件だって起こるかもしれない」
ひ!流血事件!?
想像したら少し怖くなり、ゆりかの顔が青ざめる。
「ゆりかならやりかねませんね」
兄が腕を組みながら、すかさず父に同調した。
どうしてそう人を脅かすのかしら。
「パパ、お兄様、脅かさないでください!」
ゆりかが言い返す。
「じゃあ、ゆりかこそ、パパたちを心配させないでね。
ゆりかが倒れたって聞いて、仕事も手がつかなかったんだ。
ママは泣いて電話してくるし、びっくりしたよ。」
パパの大きな手が優しくゆりかの頭をなでた。
ああ、パパの手だ…。
心地が良くて、なんだか温かい気持ちなる。
ゆりかはパパの手を取り、両手でギュッと握った。
「パパ、ごめんなさい」
――本当にごめんなさい。
前世の家族のことを考えて具合が悪くなるなんて。
こんなに温かい家族が自分にはいるのに。
ゆりかがしおらしく謝ると、父の顔がゆるみ、ゆりかを抱こうと腕を広げる。
「…ゆりか~!!」
その時だった。
プルルルルル…。電話が鳴った!なんてタイミング!!
使用人が電話を取ってくれる。
父の熱い抱擁は空振りに終わり、父は恨みがましそうに電話を見た。
「誰からだい?」
使用人の視線がゆりかに向けられる。
「お嬢様、貴也お坊ちゃまからお電話です」
あら私?
*****
ゆりかは電話の子機を持って自分の部屋へ移動した。
「貴也君だから今更恥ずかしがることもないのに」
父に言われたが、やはり家族の視線を感じるとなんとなく電話がしにくいものだ。
スマホをまだ持たない小学生はまだまだ固定電話になってしまう。
そろそろスマホほしいな。
ゆりかもお年頃になってきたってことよね。
「部屋についたわ。
もう大丈夫、お話ってなに?」
ゆりかが部屋に入り、子機に向かって話す。
『今日、悠希がいて話せなかったんだけど、あの人のことが気になってね』
「あの人のこと?」
『真島さんって人』
「……気になったってなにが?」
貴也の不穏な物言いにゆりかの心がざわつく。
『単刀直入に聞くよ。あの人とゆりかさんってどうゆう関係?』
「…え…」
まさかこんなことを聞かれるなんて思わなかったので、ゆりかは動揺してしまう。
『さっきは悠希がいたから、こんなこと言わなかったけど、悠希が疑うのも無理ないよ。
悠希はゆりかさんがらみになると人一倍勘が鋭いからね。
でも、あの時、僕から見てもあの人とゆりかさんは何かあるって思えたんだ』
「それは…その…」
素直に言って良いものか悩んでしまう。
貴也は悠希の味方だと言っていた。
別にゆりかと真島がどうこうある訳じゃないが、悠希以外の男性と深いつながりがあるということを貴也に言うのは躊躇われた。
『僕は、手助けになれたらって思ってるんだ。
ゆりかさん、あの人と話してて具合が悪くなったから、なにかあるのかなって思って』
まさしくその通り。さすが貴也君!
貧血でも寝不足でもないってばれている。
「…悠希君には言わないでくれる?」
ゆりかは一番、心の底にあった不安をポツリを言う。
真島とのことを悠希にばれるのは怖い。
浮気は墓場まで持っていくと決めている。
いや、浮気したわけでもないのだが。
前世のことだから不可抗力だ。
『言わないよ。
君だって、僕の一番の秘密を知っているじゃないか。
お互い誰にも言わない約束をしたよね?』
「うん…そうね」
貴也の言葉がゆりかの心に染みた。
ここのところ前世の記憶に翻弄されてきたゆりかにとって、この苦悩を共有できる仲間がいることが、心を少し軽くさせた。
ゆりかは一呼吸し、口を開く。
「…あのね」
『うん』
貴也が優しく相槌を打つ。
「あの人は…あの人は前世の私の元夫なの」
数秒間をおいて、また貴也は『うん』と優しく相槌を打った。
あれ?おどろかないの?
ゆりかの方が驚いていると、電話越しの貴也が話し始めた。
『真島さんは普通に考えて年が僕らとは離れすぎてるし、でもそれにしては二人の間には不思議な感じがあった。
僕の思い違いじゃなければ、2人は前世で繋がりがあったのかなって、実は思ってた』
「…なんでそんなに人のことがわかるの?」
『さあ?
強いていうなら、貴也として育って、ずっと人の顔色を覗って生きてるからかな』
貴也が笑った。
『あの後、あの人と少し話したけど、ゆりかさんのことすごく心配してたよ』
「そういえば、私、さよならも言わずにきちゃった」
『あの状況なら仕方ないよ。
それにあの人、悪い人じゃなさそうだったから大丈夫でしょ』
貴也の言葉にゆりかがクスリと笑う。
「そうね、悪い人じゃないわ」
そう言葉にした瞬間に真島の姿が脳裏に浮かんだ。
混乱する中、無意識で「つかさ」と呼んだ時の真島の驚いた顔。
目を見開き、ゆりかを見ていた。
彼は何を思ったのだろう。
次に会うのが怖い。
「…私、色々思い出して、混乱しちゃって…。
自分が誰なのかわからなくなったの…」
ゆりかはポツリポツリと話しだす。
次第に目頭が熱くなり、視界が霞んでいく。
気づいたら涙があふれていた。
涙とともに色んな想いが口から溢れだした。
貴也はゆりかの心の中にしまってあったことを優しく聞いてくれた。
真島や子供たちの思い出も、不安も。
涙が止まるまでずっと電話を切らないでいてくれた。
電話越しの貴也はいつもと違って優しかった。
少し冷静になった頃、それをふざけて貴也に言うと、『僕はそこまで酷い人間じゃないよ』と面白くなさそうに返された。
天使の姿をした腹黒悪魔だと信じてたんだけどなぁ…。
そして最後に、『…もしまたつらくなったら、話し相手になるよ』と言ってくれた。
貴也のおかげでゆりかの心は、また平穏を取り戻した気がする。
仲間がいることが、とても心強く思えた。
今回はゆりかの心が軽くなったように、作者の心も軽くなりました~。
なんだか重い文章が続いたので、軽く書きたくて。
高円寺ファミリーはこのノリが一番です。
貴也はゆりかに前世仲間と認定されました!
そうゆう位置付けらしいです。




