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悠希の心配

 ゆりかは目を覚ましたときには、気づいたら自分の部屋のベッドだった。

和田家の運転手に連れられて車に戻ると、どうやらそのまま眠ってしまったらしい。


 なんだか大事になってて、大騒ぎした家族に医者まで呼ばれてしまった。

けれどゆりかの身体には特に異常はなかった。

ゆりかが「昨日の夜、本を遅くまで読んでたから寝不足かも?それとも貧血?」なんて申告をしたら、寝不足診断された。

適当な医者に感謝しかない。

 前世の記憶を思い出したら、気分が悪くなったなんて言えないもの。



 翌日、念のためと学校を休むことになった。

朝一で運転手の狩野がやってきて「先に帰らなければよかった」とか「旦那様、奥様に顔向けできない」とか後悔の念を延々と言われた。

狩野には申し訳なくなるも、「別に狩野のせいじゃないから」と宥めるしかなかった。

 狩野が過保護なお目付け役になってしまったら、どうしよう。

今後がやはり不安である。



 夕方になり、悠希と貴也が見舞いにやってきた。


 「なあ、昨日のあのおっさん、銀行の人なんだって?」

悠希がゆりかのベッドに腰掛けながら訊いてきた。

「そうよ」

「なんで銀行のおっさんと仲良く話してるんだよ?」

「別に大して仲良くないですよ。

昨日はたまたまプライベートで会っただけだし」

「…ふーん」

悠希が納得いかなそうな顔で腕を組んでいた。

「まあまあ、高円寺グループの取引先の人はゆりかさんをそうそう無下に扱ったりできないでしょ。

プライベートだっていったって、みんな丁重に扱うよ」

貴也が悠希を宥める。


 「それはそうだけど、でもさあ…お前あいつのこと触ってただろ?」

悠希の顔が苦々しげになる。

「…はい?」

ゆりかは何のことかわからず一瞬考え込んでしまった。

真島のことを触った?

数秒考えて「ああ」と思い出した。

「…そういえば、ボタンを触りましたね」

「「ボタン?」」

悠希と貴也が同時に声を発する。

「そう、真島さんの胸元のボタンが取れかけてたのが気になって触りました」


 ゆりかがそう答えると、貴也が「ぷっ」と笑った。

「そういうことだったんだね。

悠希がすごく気にしていたからさ」

「ボタンで?」

「お前があのおっさんの胸を触ってるみたいだったんだよ」

悠希が腕を組みながら目をそらす。

「だから高円寺の叔父様よりも年上の人とどうこうある訳ないって悠希に言ってたんだ」

「どうこう?!」

ゆりかはぎょっとした。

貴也の言葉を聞いた悠希はバツの悪そうな顔をしている。


 どうこうあってはいけない!

だってむこうは50代男性、こっちは10才の女児だ。

真島が変態になってしまうではないか!

怪しい臭いがぷんぷんだ。


 そう、頭の中では理解しているのだ。

真島のことをはどう考えたって、一緒にいる相手ではない。

今の自分とは不釣り合いなのだから。


 ただ心がついていかなかった。

息子たちのことを聞いたら、心がざわつき、夢にまで見てしまった。

そして気づけば『真島ゆりか』に戻っていた。


 これ以上思い出すのは正直怖い。

全部思い出した時、私は高円寺ゆりかではなくなってしまうのではないか、そんな不安があった。

それとも全部思い出したらすっきりとして、高円寺ゆりかとしての人生を送れるのだろうか。

わからない。


 「さて、そろそろ悠希、帰ろうか。

ゆりかさんの具合が悪いのにあまり長居するのは良くないよ。」

貴也が立ち上がり悠希に「行こう」と促す。


 悠希が何か言いたげにゆりかを見つめていた。

「無理するなよ」

そう一言言い、立ち上がって貴也と部屋を出た。

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