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悠希と京都旅行

 小3の春休みのとある日、

ゆりかは京都のあるお屋敷に2泊3日で訪れていた。


 1日目と最終日はほぼ移動と食事だけで終わってしまうので、実質は2日目の今日だけが丸々遊べる日となっている。


 ゆりかは和田家の別邸にいた。

和田父の両親、つまりは悠希の祖父母が住んでいた屋敷だが、今は海外に移り住んでいて、たまにしか使われていない。

そこへ和田父と悠希と来ていた。


 全ては悠希の差し金である。

冬休みにゆりかと貴也が一緒にパリで過ごしたから、春休みはゆりかと自分が過ごすと駄々を捏ねてこうなったのだ。

 和田母は兄弟同然に可愛がっている貴也も連れて行きたいと主張したが今回悠希が断固拒否したため、それでは貴也が仲間はずれで可哀想だということで自分は家に残ると言って来なかった。

 しかし小学3年生の子供を保護者なしで行かせられないという話になり、和田父が悠希の我儘についてきたのだ。

ごもっともな話である。

 

 しかもゆりかはこの旅行に乗り気でなはなかった。

なぜガキンチョの我儘に付き合わされなければならない。

完全に世話役じゃないか!

 和田父母はそれに察し、ゆりかに「よろしく」っと頭を下げてお願いをしてきた。


 ゆりかはこの不本意な状況に納得できず、1人悶々とお屋敷の縁側で足をブラブラさせながら、庭を見つめていた。

 緑の苔を綺麗に生えさせた苔庭に、小さな池があり、その中には鯉がいた。

光が当たり、苔が薄い緑色に光っている。

純和風家屋なのに、建物内は洋風な(しつら)えになっており、まるで明治時代や大正時代の建物のような趣があった。


 「ゆりか!」

名前を呼ばれて後ろを振り向くと、悠希がいた。

そしてその様子はいつもと違った。

紺色の着物に山吹色の帯を締め、その上から紺色の羽織を着ている。

 「あれ?和服に着がえたんですか?」

「そうだ。

ゆりかの着物も用意したから、早く着替えてこい。

着付けは使用人が手伝ってくれる」

「着替えて何をするんですか?

お茶とか嫌ですよ」

ゆりかは茶道も花道も足が痺れるから嫌いだ。

昔、兄の前で足を痺らせて、すっ転んだことがあり、散々な思い出がある。

「お茶会じゃないから安心しろ。

いいから早く着替えろ」

悠希はあれこれ言うゆりかの背を押しながら、ゆりかに用意した部屋まで連れていく。

 そして襖を開けると、可愛らしいピンク地に牡丹の柄の着物が掛けられていた。

「可愛い着物」

自然とゆりかの顔が綻ぶ。

それを見て悠希は嬉しそうに、「京都で着ようと選んでおいたんだ」と言った。


 悠希には外で待っててもらい、使用人の人に着付けをお願いする。

着物は幾度も着ているため、ゆりかも着付けができなくもないが、着方が下手らしく、動いているうちにどうも着崩れてしまう。

まだまだ着付けの練習も人の手も必要だった。


 悠希が見立ててくれた着物はゆりかによく似合っていた。

着物に合わせて、髪上げもしてもらった。

 部屋から出て、リビングへ向かうと、悠希と和田父が待っていた。

「おお、ゆりかちゃん、綺麗だね」

和田父が感嘆の声を上げる一方で悠希は無言であった。

「あんまりにも綺麗で、悠希は声が出ないほど見惚れているみたいだよ」

そう和田父は言いながら、悠希の頭を撫でる。

悠希は勢いよくゆりかとは逆の方向を向き、

「そ、そんなんじゃない…!」と耳を赤くしてた。

「着物ありがとうございます」

ゆりかが頭をペコリと下げると、

悠希が「お、おう」と横目でチラリと見ながら言った。

和田父はそんな2人を見て、満足気に「うん、うん」と頷いていた。


 この後、和田父と悠希とゆりかで、古くからの和田財閥所縁のお寺と和田財閥の歴史が展示されている博物館に出掛けた。

和田父としてはそこに2人を連れて行きたかったらしい。

 そのあとは、2人をお付きの者に託し、行動していいと許してくれた。

といっても所詮、小3である。

大したところには行かないだろうとゆりかは高を括っていたのだが…。

 

 「こ、ここは…」

ゆりかがあんぐり口を開ける。

「能を観るぞ。

父の知り合いから招待状をもらった」

悠希が連れてきたのは寺だった。

しかし只の寺ではなく、今日は野外で行われる夜桜能の会場だった。

「夜桜の中で行われたのにすごく感動して、3年前から毎年来ているんだ」


 まさか小3で能を観にくるとは…


 悠希は関係者たちに挨拶をする。

「和田悠希です。

父が急用で来れずに申し訳ありません。

毎年僕がここの夜桜能をとても楽しみにしているので、父の秘書に連れてきてもらいました」

そう言いながら、関係各者に深々とお辞儀をした。


 本当は和田父は急用ではなくて、気をきかせただけだろう。

悠希自身はまだ和田父の代理をするほど、大人ではないが、曲がりなりにも和田財閥の御曹子である。

招待状を持ってきたからには、挨拶をしなければならなかった。


 「高円寺グループのご令嬢の高円寺ゆりかさんです。

僕の友人で今日は一緒に観賞にきました」

ゆりかも紹介され隣で挨拶をする。

「これはこれは可愛らしいカップルですね」

沢山の人にそう言われた。

 今日は一般解放もしているせいか、どうやら比較的気楽な席らしい。

招待状がある人は特別席で観賞できるというものだった。

皆に「今日は気楽な席なので楽しんでいってくださいね」と言われ、ゆりかは少しホッとした。


 日没後、桜がライトアップされる中、寺社で行われる能楽はとても幻想的だった。

ゆりかはうっとりしその光景を見つめた。

その横で、悠希もまた優しそうな顔でゆりかの姿を見つめていた。


 「素敵でしたね」

悠希と歩きながら話す。

アラフォーにして初めて能楽のすばらしさを知った。

「そうだろ?」

悠希が鼻を擦りながら言う。


 ちょうどお寺の階段に差し掛かった時、悠希がぴたりと足を止め、ふいにゆりかに手を差しのべた。

「…ん。手を貸せよ」

「え?」

ゆりかは悠希の珍しい行動に不思議そうな顔をする。

「着物だから転ぶかもしれないだろ」

「…私まで道づれにする気ですか?!」

「はあ?!なんで俺が転ぶんだよ!」

悠希が叫んだ。


「いいから、手をよこせ」

そしてギュッとしっかり手を握られる。

ゆりかと変わらない大きさの可愛らしい子供の手。

温かい。


 「俺だってナイトくらいしてやれる」

悠希が前を向きながら呟いたが、悠希の可愛らしい手に見入っていたゆりかには聞こえていなかった。

 悠希がグイグイくるの巻きです。

これが中高生だったらな~。

ちがうんだろうな~。

チューとかしちゃうんだろうな~なんて考えたり。

でも小学生の悠希にはまだまだハードルが高そうなので、手を繋ぐだけにしました。


しかしどうも報われない感じです…。


 早く大きくなって、あんなことやこんなことをして、ゆりかに意識させてやってくれ!


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