入学式写真
桜が満開に咲く中、小学校の入学式が行われた。
幼稚園の卒園式同様、悠希とゆりかと貴也で並んで、校門の前で母に写真を撮ってもらった。
入学式の写真が今、ゆりかの部屋の本棚に思い出のひとつとして並べられている。
悠希は嬉しそうにその写真を手に取った。
入学式はもうかれこれ2年近く前のことになる。
小学校の1学年のクラスは全部で3クラス。
1年のときは悠希とゆりかが同じクラス、2年では悠希と貴也が同じクラスとなった。
悠希との許婚関係のことは入学してから公表され、周知の事実となり、校内で2人のことを知らない者はいない。
なにせ、かの和田財閥の御曹司と高円寺グループのご令嬢なのだから。
ただその噂を悠希が積極的に広めていたのを、ゆりかは知らない。
彼曰く「虫除け」だと言う。
あと数日で小学校3年生へと進級する。
悠希、貴也、ゆりかの関係は相変わらずで、今日も悠希と貴也がゆりかの家へ遊びにきていた。
変わったのは母親が付き添わなくなったことくらいか。
「ねえ、そんなにゆりかさんの顔を撫でたら、指紋だらけになるよ」
肩ごしから急に貴也に囁かれ、悠希の身体が大きくビクッと跳ねた。
「うわ!?」
慌てて悠希は、写真を撫でていた片手を上げる。
顔だけ振り向くと、貴也がいつもの如く笑顔で立っていた。
「どうしたの?」
ソファに座ってフランス語の本を読んでいたゆりかが不思議そうに見つめている。
「なんでもない!」
悠希がしきりに首を横に振った。
怪しい。
悠希の嘘はいつもバレバレだ。
「写真?」
ゆりかも本を閉じて、2人の傍にいき写真を覗き込む。
今の自分たちよりも少し幼児っぽさが残った過去の顔に、ゆりかは自分のことながら成長を感じてしまう。
「みんな少し幼児っぽさが抜けたかしら?
子供の成長って著しいわね」
「そうだね、手足が伸びて丸っこさがなくなってきたかな」
ゆりかと貴也のやりとりを聞きながら、
悠希が「なんかおまえたちおっさん、おばさんみたいだぞ」とつっこんだ。
――おばさん!
そんな言葉、久々に言われた。
確かずっと昔に息子の友達に呼ばれたっけ。
てか、おばさんなんて用語を8歳女子に使うんじゃないわよ!
ゆりかが1人フリーズしていると、貴也が「悠希、僕はともかく若い女性におばさんはダメだよ」とたしなめる。
悠希も私をチラリと見て「わかった、次から気をつける」と素直に頷く。
ふん。
猛獣使いに手懐けられおって。
私、別にそこまで怒っていませんよ?
事実ですから。
ショックは受けたけどさ。
「でもさ、貴也もゆりかもたまに大人みたいなことを言うよな」
悠希が腕を組みながら貴也と私を見た。
確かに自分はさておき、貴也はたまに大人みたいな時がある。
普段は天使の笑顔でニコニコしているのに、たまに周囲を驚かすような発言をする。
それが腹黒真っ黒発言だったり、大人顔負けの知識だったり…。
鼻血事件の時なんて貴也はとても幼稚園児に見えなかった。
「僕の周りは大人ばかりだから、こうなったんだよ」
貴也がニコリと笑う。
貴也と親しくなるにつれて、彼の家庭環境が少しずつわかってきたが、どうも彼は家で使用人や家庭教師といることのが多いようだった。
相馬父は毎日帰宅しているが、朝晩と土日しか顔を合わせる機会がない。
母親はフランスを拠点に生活しているため、滅多に家にはいないのだ。
貴也が幼稚園の頃はよく日本とフランスを行き来していたみたいだが、小学校に入ってからは日本に帰国する機会が減った。
その代わり長期休暇になると、貴也の方が長期間フランスに行って滞在するようになった。
相馬父の姉である和田母は、そんな貴也のことを日頃からとても気にかけていて、悠希と貴也は兄弟のように事あるごとに一緒に遊ばせていた。
前世で息子がいたゆりかも和田母同様、そんな貴也の境遇を不憫に思っていた。
本人はなんともなさそうに、いつも笑っている。
母親に会いたいと泣くこともなく、駄々を捏ねることもない。
いつも何かを隠すかのように笑顔を浮かべる貴也を見ると、心の中に人知れぬ大きな闇を持っているのではないかと疑っていた。
大抵の大人はそう思っているのではないだろうか。
皮肉にも、近頃では貴也自身が「いつも大人に囲まれているから」と口にするようになっていた。
周囲から言われているのだろう。
まだ8歳の子供なのに。
それがまた不憫でたまらなかった。
「ゆりかさん、この写真大事にしてるんだね」
貴也が話しを切り替える。
自分のことにあまり触れらたくないのか。
ゆりかは悠希から写真を取りあげ、元の場所に戻した。
「桜が満開の中の入学式の写真って素敵でしょう?
それにこの光景、不思議なんだけどどこかで見たことある気がして」
ゆりかの言葉に貴也が目を見開く。
「この写真の光景?」
ゆりかは頷いた。
「ああ、あれか?デジャビュ?
記憶のバグみたいなやつだっけ?
夢とごっちゃになっちゃうやつ」
悠希がロマンチックもへったくれもないことを言う。
「可愛気ない」
「俺は現実主義だ」
悠希が偉そうに腰に手を当てている。
どこの口がそんなことを言うか。
誰よりも乙女なくせに。
そう思うも、そこはそれ以上言わないことにした。
彼のプライドが傷ついてしまう。
ふと貴也を見る、静かに写真をじっと見つめていた。
いつもにこやかな彼の顔が少し強張っている気がする。
どうしたんだろう?
再度ゆりかも写真を覗きこむ。
「あ、なんか指紋がたくさんついてて汚い」
ゆりかはハンカチをポケットから取り出し、写真をフキフキした。
そのそばで悠希がバツの悪そうな顔をしていたことは、貴也だけのヒミツである。
こんにちは。
一応今後の方針ですが、第2部は第1部のお話より感情の動きを見せたいため、地文が少し多めにする予定です。
今後少し話の内容も重めになってくるので、今までとお話しのイメージが少し変わるかもしれません。
第1部のようなコミカルなタッチが好きな方には申し訳ありません。
気軽に読めるというスタンスは変えないよう、心掛けていきますので、今後も末長く完結までお付き合いくださいね。