密話 ―許婚―
その日は貴也の爆弾発言を除けば、特に何事もなく終わった。
ただ別れ際、和田母に意味深な笑顔で「これからもちょくちょく食事をしましょうね」と手を握られたのには焦った。
はふん。
私、本当に和田財閥御曹司の嫁候補に名乗りを挙げてしまったのでしょうか。
怖くてパパママには聞けません。
その晩、兄がゆりかの部屋へやってきた。
兄がベッドに座り、自分の横をポンポンと叩くので、私も兄の隣に腰掛けた。
「はっきり言うよ。
親たちはゆりかと悠希をくっつけようとしているよ」
もう既にあの2人から聞いていたことだから、特別驚きもしなかったが、憶測から確定に変わった。
私は和田財閥御曹司の嫁候補に入っているのだ。
「なんだ、驚かないの?
ゆりかのことだからパニック起こして大騒ぎかと思ったのに」
よくお分かりで。
もうそれは経験済みです。
「実はさっき悠希君と貴也君から聞きました。
悠希君は家でおば様に言われていたみたいです」
「ふうん」
少し面白くなさそうに兄が呟く。
パニック起こしてる姿が見たかったのか。
悪趣味め。
貴也君といっしょの人種だな。
「でも、この年で結婚相手だなんて。
パパは私が早くお嫁にいってもいいのかしら?」
どうにも理解ができない。
こんな小さなうちにそんなことを決めるなんて。
私が前世で結婚を意識したのなんて、
就職してからだ。
実際結婚したのは26歳の時だった。
それ以前の人生なんて遊んで恋をしてって年頃でしょ?
「結婚するのは大人になってからだよ。
婚約もまだまだ先になると思う。
ほら、小5の僕だってまだだからね。
正確には今回は許婚を決めようとしたんだよ」
い・い・な・ず・け!
どひゃー!あの許婚?!
アニメとか漫画にたまに出てくるあの言葉!
一体どんな人が許婚なんて関係を使うのかと思ったら、こうゆう世界の人が使うのか!
目からウロコ。
「あれ?決めようとしたってことはまだ決定してないの?」
兄の言葉が引っかり、まだ可能性が残されているのかと淡い期待を抱く。
しかし兄は言いにくそうに重そうに口を開いた。
「…なにか期待をしてるようだけど、残念ながらほぼほぼ決定事項だよ。
さっき立ち聞きしてたら、公表は小学校に入ってからって言ってた。
残念だったね」
がーん!
じゃあ、あとは両親から最終宣告を受けるだけですか。
許嫁相手があのガキンチョ、和田悠希とは。
あいつの面倒を一生みることになるなんて。
子育てじゃん!
兄が本当に残念な子を見る目をしている。
なんか最近やけにこうゆう目でみるんだよなぁ。
生暖かい目というかなんというか…。
「まあ、両親としてはより良い相手との結婚を望むのは当然だろう。
父様は普段家だと家族思いで、特にゆりかには激甘だけど、案外ビジネスライクな考えの人だ。
ゆりかが悠希君と親しいって知ったら、なにか企むって思ってたんだよ。
しかもこの件に関しては母親たちがやけにノリノリだったし」
兄は遠い目をしながら、言葉を続けた。
「…だから、前に和田財閥の息子と親しくなったって話をゆりかから聞いたとき、ゆりかは墓穴を掘ったと思ったんだ」
ああ、あの時か。
ママが2年前の幼稚園初登園の日の夕食で、和田悠希のことを話したんだっけ。
あれがきっかけか。
ということは、そんな前から父親たちは水面下で動いていたのか!
いや!でもあれは和田悠希の一方的な友達宣言なのよ!
そうだ、あの時の手紙!
友達の証とかいう手紙。
どこやったかしら?
あの手紙は不幸を呼ぶ手紙だったにちがいない!
恐ろしい!
燃やしてやる!
*****
休み明けの幼稚園で悠希と貴也に声をかけられた。
「ゆりか!」「やあ」
一瞬意識して身体がびくん!と反応してしまった。
「なに驚いてるんだよ」
そう言った悠希の頬も少し紅潮し、目線が合っていない。
お互い色々意識してしまいますね。
いや、6歳相手になにしてるんだ、私。
貴也が相変わらず天使の笑みで笑っていたが、その笑顔をゆりかが怪訝な顔で見ると、「やだなぁ、ゆりかさん。
せっかく仲良くなれたと思ったのに」
とみるみる間に天使の笑みから不満そうな顔に変えた。
そして耳元で囁かれた。
「気づいてる?君、この前からたまに素の口調になってるよ」
ばっと耳を抑えて貴也を見ると、腕を組みながらまた天使の笑みを浮かべている。
「あ、フランス語わからなかったら聞いてね」
ひー!
なんなの?!この6歳児!!
耳元で囁やくなんて、やっぱりお兄様と同じ人種だ!しかもお兄様よりはるかにどす黒い!!
それにしても、1度家で遊んだだけで気を許すなんて、自分でもチョロいかもしれないと思えてきた…。
完全武装のご令嬢にならなければ!
あ、わたくし、ヒロインならぬチョロインじゃなくってよ。
どうか、あしからず。