17.選子の涙は流れゆく①
獣国から、森へと続く道。
そこを歩く一人の少女。
背は一般的な女子高生程度で、身体つきはそこまで芳しくない。
髪は、肩まで伸びており、太陽に照らされて光るその白い髪の中には、一筋の綺麗な水色の髪が入っている。
だがその服はボロく、持っている荷物も量が少ない。
そんな彼女の腰からは、
モフモフとした狼の尻尾が生えていた。
しかしその頭からは、獣人特有の耳は生えていなかった。
しかし――その子は、選子だった。
/////
〜選子視点〜
遂に、追い出された。
ずっと、来て欲しく無かった時が来た。
とりあえずどこかへ向かわないといけない。
ずっと書庫に居たから、地図は頭に入ってる。
ここら辺にはいられない。
つまり魔人族か、人間の国に行かなきゃいけない。
魔人族の方じゃ、今来た道を戻る事になる。
それは出来ない。
追い出された身としても、精神的にも。追い出されて来た道を戻るなんて高等技術、持ち合わせてない。
そんな事できる精神は持ってない。
じゃあ、森へ向かおう。
ツユは、『守りの森』へ向かった。
一夜明けた。
その日の内に、森に辿り着けてよかった。森なら寝泊まりが出来る。
今日も、起きたら地面に泣き跡が付いていた。
いつもそう。
随分と前から、夜になると涙が出る。
別に何も考えていなくても、涙がポロポロと出る。
頭の中で、別のことを考えていても。
どうしても、涙が止まらない。
硬い地面に寝転びながら、呆然と空を見る。
眩しいほどに照っている太陽に、思わず身を捩り、目を細める。
髪にジャリジャリと、砂が付く感触があるけど、気にならない。
唐突に感じた妙な虚脱感で、喉が渇いている事に気付いた。
涙の所為、かな。
上体を起こし、川を探す。
ちょうどいい事に、ツユは耳がいい。
今だって、サラサラと、
時折ジャブジャブといった音が、微かに聞こえてくる。
誰か水浴びでもしてるのかな。
だとしたら不味いかもしれない。
盗賊だったりしたら、ツユは捕まって売られる。
ん、でも別にそれでもいいかもしれない。
とりあえず喉が渇いてしまった。
行こう。
ガサガサと、草木を掻き分けながら進む。
温室育ちだけど意外と動けちゃうな、と自分の体に感心しながら。
ただ、ひたすら歩く。
ガサガサ、ガサガサ、ガサガサと。
すると、だんだん川の流れの音が近くなってくる。
心なしか、流れてくる風が涼しいかもしれない。
間違いなく涼しい。ヒンヤリとしていて心地いい。
森の中、空いている空間が、光が多く差し込んでいる空間が見えた。
最後に、長い長い草をひと掻きすると、そこには――――
――女神がいた
女神様が、あられもない姿で、水浴びをしていた。
その髪は腰まで届く程に、長く。
動くたびに、サラリと揺れ動き、太陽の光とキラリと遊んでいる。
その肢体は、傷一つなく、髪と同様に輝いている。
色白の肌で包まれた顔の中に、宝石のように美しい紫色の瞳。
その動きが、仕草が、容姿が、全てが美しかった。
完璧という定義を、体現したかのような、そんな存在。
思わず、目を逸らした。
ツユが見ていいものではないと思った。
だが、逸らした方向から、ジャブジャブと近づいてくる音がする。
「〜〜っっ!!」
焦った。
何処かの傾国の姫かなっ。
とりあえず無礼の無いように……
まずは、うん、謝ろう。
だが、そんなツユの言葉は、どこか凛とした声で遮られた。
「ちょっと待っててくれ」
「…………え?」
それしか言えなかった。
言葉の意図が掴めず、返事をするだけにとどまってしまった。
いや、返事だってしていない。
スルッ、スルッと布ずれの音と、川の流れる音だけが場を支配する。
その姿を、只々呆然と眺める。
「さて、」
ビクッと、肩がはねてしまった。
今改めて聴いてみると、中性的な声かもしれない。
なんて思いながら、女神様に向き直る。
前髪が邪魔して、顔がよく見えない。
「君、選子だよな」
?
首を傾げて訝しみつつも、コクリと頷く。
すると心なしか、雰囲気が和らいだ気がした。
あ、笑った。綺麗。
「なら、少し手伝って欲しい事があるんだけど」
「………うん」
初めて返事をした。
ちょっと失礼だったかもしれない。
無愛想だったかも。
不安になって口を窄めつつも、返答を待つ。
「いやまあ、一緒に食料調達とかしてくれれば、それで良いんだけど」
「…………」
コクリ、と頷く。
願っても無い話だった。
確かに夜の火の番や、食糧とかの調達は二人でやった方が効率がいいはず。
その時は、静かに一人でそう、納得した。
そう思って承諾したつもりだったのだけれど、何故かツユは魔法の練習をさせられた。
意味が分からなかった。
それでも、一応言われた事には従った。
その事について、別に何かを考える必要はないと思った。
女神様は、常に体を動かしていた。
体を、鍛えていた?
ツユにはよく分からないけれど、頑張っている事は分かった。
ツユも頑張ろう、とはならなかったけども。
全て女神様がやってくれた。
水の調達も食糧の調達も。
夜の火の番だって、全部一人でこなしていた。こなせていた。
なら、ツユに構う必要はないはずだと思った。
もしかしたらツユが今やっているこの行動が、女神にとって何か必要な事なのかもしれないけど、
じゃあ、必要じゃなくなったらどうなるのか。
見捨てられるかもしれない。
流石に死にたくはない。
あれ? 別に……
その時、心の中にある感情が芽生えた。
いや、ずっとあった感情。
目を背けていただけの感情。
あれ、
ツユって
私って
僕って
自分って
あれ
あれあれ
あれあれあれ
あれあれあれあれ
何したいの。
漠然と生きようとしていたけど、そういえば理由がなかった。
ないものなのかもしれないけど、別に死んでしまうのだって怖くないなら、必死にだってならなくていい。
ツユは、これまで何をしてた?
これまでやってきた事、全部理由はなかったように思える。
魔法の練習を中断して、そこら辺に落ちている虫を拾う。
何となく、マジマジと見る。
ウニョウニョともがいているその様からは、必死さが伝わる。
生きようとする、必死さが。
「……生きてる」
これ、
これを生きてるっていうんだ。
未来が、あるんだ。
ツユには未来が、ない。
現在も、過去も。
お先真っ暗の暗転状態。
……どうしよう。
/////
夢を見た。
ちょっとした、愚かなツユの、人生の夢。
真っ黒なトンネルの中、手が伸びて来て、体を撫ぜる。
そしてその手からグパァ…! と口が出て来て、
ずっと、『15年後だぞ』と繰り返し呟いてくる。
そこを抜けると、赤い空間に出た。
そしてそこの空間には、酷く充血している大きな眼球が、ふわふわと宙を浮いている。
それはツユを見つけると、近づいて、ジロジロと見てくる。
『可哀想に…』
『可哀想な子……』
『不憫な……』
『なんて可哀想な……』
その眼球たちはそう言って、満足そうに去っていく。
いい事をしたかのように。
私に対して行動を起こさずに、同情だけして去っていく。
偽善でもなんでも、私に何かをしてくれる訳じゃないなら、同じなのに。
いや、私の評価なんてどうでも良いのかな。
昨日の夜も、涙は止まらなかった。
/////
〜レウ視点〜
運がいい。
もともと帝国を攻めるなら仲間は集めようと思っていたけど、まさか選子と会えるとは。
ギルドに張り出されていた情報は、中々古いものだったんだろう。
追放っていうのも、すぐじゃなかったらしい。
ともかく、一人目の仲間に選子がなってくれたのは嬉しい。
まだ仲間ではないが、こんなとこで会ったんだ。運命。
その少女の髪は、俺と同じ白い髪だと思った。
けど、光が当たると、淡く水色に光った。少し混ざってるんだろう。
選子はめちゃくちゃ優秀で、少し教えるだけで俺の全てを吸収した……
なんてことはなかった。
いや、センスはいい。
ほんと、抜群。
けどお願いだからさ、
俺が狩りに行ってる時に、遠くから致命傷レベルの魔法は打たないでほしい。
狩ってる時にで遠くから、
メキメキっ! と木々をなぎ倒してくる水流とかホラーでしかない。
なんかあの子勘違いしてるけど、俺の狩ってきたモンスター半分くらいあの子やってるからね。
もう土手っ腹に大穴。
わざととしか思えないくらい正確に打ってくる。なんか恨み買ったかな。
彼女は基本ポケーっとしているけど、話しかけると柔らかく笑う。
ふんわりと、優しく―――ビクつきながら。前髪が長いせいで、その青い瞳はよく見えない。
会った時の鑑定結果は、こうだった。
名前:ツユ
種族:神狼族
LV:1
SP:69
MP:1001
通常スキル
身体操作LV3
闘気LV5
魔力操作LV2
ユニークスキル
強化五感
排斥
称号
選子
流石は選子だと思った。
まともに訓練もしていないでこれ。
怖い怖い。
本当、ちょくちょく怖い。
この前も急に虫を掴んで『活きてる』とか言ってたし。
なんてもの食べるんだ。
末恐ろしい。
それはともかく、自分の訓練。それも勿論怠らずにやった。
まずは、体技のLVを積極的にあげる。基本イメージでやり、実践を意識して体を動かす。
既に俺は眠れない体。いくらだって無茶できる。
眠れない体ってフレーズちょっとカッコいいかも。悩んでいる人には失礼だけど。
「あの……」
夜、火の番をしていると、唐突に後ろから声をかけられた。
「どうした?」
振り向きざまにそう返すと、ビクッとツユが、体を震わせる。
「え、えと………その……」
おどおどしながら少しずつ喋るツユ。
一応同級生なんだけど。こっちこの言い方はおかしいかもしれないけど。
ツユはチラチラとこちらを見てくるが、やはり前髪の所為で顔がよく見えない。
しかし時折見えるその顔には、不安の感情が差し込んでいるように思えた。
どこか焦りながらも、しっかりと、ツユは言葉を紡ぐ。
「……ツユは、どうすれば………」
どうすれば?
どういう事か疑問に思っていると、ツユは続けてこう言った。
「魔法、練習する……理由………」
練習の理由……
強くなって欲しいからだけど、意味わからないだろうな。
森で会った男に、急に強くなって欲しいって言われるとか。
どこの松岡だ。
いや松岡に失礼だ。
「……まあ、今度ね」
「………」
どうにか捻り出した言葉がそれだった。
自分でも狡い言葉だと思ったけれど、もう罪悪感は麻痺して機能しない。
じゃなきゃ、脱獄時に平然と首へし折るとかできないね。
そんな返答をされたツユは、やはり焦るような表情をする。
しかもその焦りが、俺の言葉で加速したように感じる。
そして、
そのまま、
ツユは黙って、暗がりの中へと戻っていった。
俺もその間、
黙って、火を眺めていた。
勿論理由は、火の番をしていたから。
それ以外に理由は、ない。
いやマジで。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
拡散、ブクマしてくれるとありがたいです。
新章、始動。
とか書いてみる。




